自分が神戸のほうの土建屋で解体を主な業務にしていた時のことだけど、
仕事にからんで不思議なことや気味の悪い出来事は年に一回くらいはあった。
今でいう孤独死で、遺体が長期間放置されていた家屋を全面解体や部分解体する場合なんかは
いろいろと大変だけれども、おかしなことはほとんど起きていない。
やはりヤバイのは、古墳と思われる墳丘をつぶして地ならしする場合なんかで、重機担当のやつらは相当嫌がっていたが、これは先輩方から代々話を聞かされてきているせいもある。
まあそのあたりは会社でもわかっていて、拝み屋を手配したりして対策は立てていたんだけど、 そういう予測のつかないケースもあった。
ある時、山のほうの下が貸し店舗で二階が二部屋程度の一軒家の解体の仕事を回されて、夕方話を聞きに行ったときの。
自分と後藤という若いやつと二人で依頼主と話をして、その後鍵を借りて、二手に分かれて内部をざっと見て回っていたんだが、 店舗はまだ改装していくらもたってないような様子で、すぐに解体する理由がわからない。
依頼主が金に困っているのかもしれないが、何となく気に入らないと思った。
そのとき「おーい、ちょっと来てください」という後藤の声がして、 行ってみると台所で、床のところで1m四方ほどの板の片側を持ち上げている。
「あれこれ、冷蔵庫か何かの下だったんだろ。よくわかったな。野菜なんかの貯蔵庫か?」
「いや、自分もそう思ったんですが、その隅のところを見てください。」
その穴はコンクリート作りの1m四方くらいだが深さも1m以上あって、貯蔵庫にしては下まで手が届かない。
その一隅が10cmくらい三角に崩れていて、ぽっかりと暗い穴になっている。
「えーなんだ、まさか地下があるとかじゃないだろうな。」
「どうでしょう。土台ぎりぎりくらいの深さじゃないかな。
防空壕とか?ちょっと降りてみますね。」
「気をつけろよ。」と言うまもなく、後藤が両足を穴の底につけた瞬間、 床に置いていた手が泳ぐように宙をかいて姿が消えた。
底が完全に抜けて下に落ちたようだ。
ドザッと音がしたので、コンクリの破片もかぶったにちがいない。
暗くて見えない穴の底に向かって「おーい、大丈夫か。」と叫ぶと、ややしばらくして
「・・・大丈夫です。ちょっとケツを打ちましたが・・・ここそんなに深くないです。
・・・あれ、大丈夫じゃないか、頭から血が出てるかも。ぬるっとする。」
と声が聞こえる。
「ちょっと待ってろ、応援を呼んでくるから。」
「・・・カッコ悪いからいいですよ。
車にロープあったでしょう、あれでひっぱってくれれば登れますよ。
すんません、車からロープとそれから懐中電灯持ってきてください。
どうせなら少し調べてみます。」
「いいのか?血が出てるんだろ。」
「いや流れてこないのでたいしたことないです。
・・・ここ高さは1m半ないですね、まっすぐ立てない。」
「ちょっと待ってろ。」
車からロープと懐中電灯を持ってくると、穴の底に後藤の頭が出ていた。
ホコリをかぶった額に一筋血が溜まっているが、大きな怪我ではなさそうだ。
穴の底から魚を腐らせたような生ゴミのような異様な臭いがたち上ってくる。
「やっぱ防空壕みたいですよ、床は土だけど天井だけ木がはってある。ちょっと調べて見ます。 懐中電灯を貸してください。」
「おいやめとけ、ガスがあるかもしれんし危険だぞ。」
「なに、周りを照らしてぐるっと見回すだけですよ。」
そういうことならと、
自分も床に腹ばいになって後藤の手のひらの上に懐中電灯をそっと落としてやった。
「うーん暗いし、嫌な臭いがする。これやっぱり昔の防空壕ですよ。壁も土のようです。」
「ふーん。これ埋める分の見積もりも必要なようだな。もういいだろロープ垂らすぞ。」
そのとき、後藤の声が緊迫したものに変わった。
「ん・・・何かいます、なんだ大きいぞ。
こっちへ近づいてくる・・・赤い・・・何だ。
ロープ、ロープ、ロープ早く。」
自分は牽引ロープの端を穴の底に投げ込んだ。
「おいロープだぞ。はやくつかめ。」
穴の底から後藤の叫びが奇妙にゆがんで聞こえてくる。
「ロープどこだ、見えない。
来るよ、こっちへ来るよ。ああ来る何だあれは・・・・う・・・だ。」
後藤の片方の手のひらが、穴の底でひらひらして消えた。
最後の声は絶叫に近かった。
ブワッと穴からくる腐敗臭が強くなった。
「おーい、どうしたしっかりしろー。」
穴の底に身を乗り出して叫んでも返事はない。
自分は携帯で会社に連絡した。
ここからは後日談になる。
残念なことに後藤は亡くなった。
土壁に追い詰められたように半座りでもたれかかっていたそうだ。
致命的な外傷はなくガス中毒でもない。
心不全ということになった。
穴は八畳間ほどの広さで後藤の言ったとおり高さは低い。
しかし防空壕ではないようだった。
いつの時代のものかわからない穴。
その奥に元は赤い着物ですっかり朽ち果ててしまったどろどろの布きれ。
古い食器類、大量の木の札、燃え残った蝋、
そしてそれにくるまれるようにしてバラバラの人骨。
そしてこれは後に警察の分析でわかったことだが、人骨は二体分。
おそらく若い女性と1歳未満の乳児。
・・・最後にこれは書いていいかわからないが、
女性の人骨に頭蓋骨は含まれていなかったそうだ。
その代わりに牛の頭骨。
警察はその古い人骨に関しては、とうに時効を過ぎているものであり事件とはならないと判断したそうだ。
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