故郷の山の麓、割れ目から清水の湧き出る大岩がある。
表向き、信仰の対象はこの大岩で、太い注連縄がめぐらされており、直ぐ側の賽銭箱のある小さな祠は便宜上と思われている。
だが、その実は、祠に祀られた諸刃の劔がご神体らしい。
盗難防止のため、祠の劔はレプリカで、本物は管理をしている神社にあるとも、はたまた分祀なのだとも聞いているが、祠にあるものの方が本物との噂も、既に盗難にあったという噂もある。
手洗い場に引かれた清水で手と口を濯ぎ、大岩に柏手を打って詣でた。
祠へも賽銭を投じ、もう一度詣でる。
甘味の好きな神様といわれており、人里離れているというのに祠の前に菓子類の絶えた事は無い。
子供の頃を思い出して、供えてある物の中から飴を一つ貰った。
祠の下がりものを食べると一年間、風邪を引かないというご利益がある。
本当にあらたかであったと思う。子供の頃は風邪とは無縁だった。
そこはいつも風が強い。悪い風を追い払ってくれるのかもしれない。
後日、この祠の秘密の謂れを聞いて、何とも苦い思いをしたが、両面のある神様は珍しくない。感謝は忘れまいと思う。
遠く離れた京都で、とある有名な祭りが行われる期間。
この祠の劔に捧げ物をして祈れば、願いが聞き届けられる事があるという。
海の物、山の物、酒一升、米一俵、平絹一反。上等な甘味。
錦絵なども喜ばれるそうだ。
神意を確かめる為に、兎を一羽、籠に入れて一緒に納める。
聞き届けられれば、兎は籠の中で冷たくなっている。
聞き届けられなければ、兎は元気にしている。
願うのは、必ず報復でなければならない。
兎は全身の骨が砕かれ、だが恍惚とした表情を浮かべているそうだ。
実際はその正しい祝詞、しきたりは忘れ去られてしまっているという。
確かに人死にが出たなどは聞いた事がない。
「それでも、多少の仕返しなら、聞き届けてくれるよ。ほら、選挙の後に助役が耕耘機に挟まれて、足を折ったことがあったろう。あの時は、豪勢な菓子が上がっていたっけなあ。」
話の締めくくりに、爺様はあんまり言うなよと、言った。
山にまつわる怖い話29