再会

かなり前の話になる。

ある日、俺は中高時代に友人だった男と二年ぶりに再会した。
まず、そいつのことを紹介しないと、話は始まらないのだが。
少し長くなるが、興味のある人は読んでくれ。

そいつと俺が通っていた高校は、まあ平凡な進学校というのか、市内で五番目くらいのレベル、というと想像できるだろうか。
そんな高校の落ちこぼれグループに、俺とそいつはいた。
中途半端なヤンキーですらない、今思うと恥ずかしいツッパリみたいなものか。くだらない事でいきがる、2チャンネルにいる厨房そのものだった。

で、そいつは三年になってからがらっと人が変わった。
何があったのか知らないが、受験勉強に専念し始めた。
学校にいる間は、休み時間もずっと勉強していた。
俺らとの付き合いを一切断ち、傍から見ると呆れるくらい一心不乱に勉強した。

成績も夏休み前くらいから急上昇し、ついに二学期は試験以外登校しなくなった。
そして、冬休み前の試験では、ついに学年トップになった。
教師も見てみぬ振りをした。クラスからも完全に浮いて、机の上にはいつも花瓶がのっている有様だった。

俺は密かに奴に憧れていた。ストイックを通り越して、狂っているようにも見えたが、絶対に中途半端ではなかった。そんなことができる人間に、俺は畏敬の念を持っていた。

やがて受験シーズンが到来した。俺は市内の無名私立大に何とか滑り込み、あいつは有名国立大に合格した。
学校でもウン十年ぶりの快挙だった。
卒業してすぐ、みんな浮かれ騒ぎで夜の繁華街に繰り出す中、あいつは飲み会に一度も参加することなく、誰の賞賛も受ける気はないらしかった。

それから二年の月日がたったある日、俺はバイト先の古本屋で奴に再会した。
うだつのあがらない退屈な日々を過ごしていた俺は、時々奴のことを思い出していたのだが、その再会は思いも寄らぬ事だった。

奴は深夜閉店間際に現れた。一目でその異様さに気が付いたが、それが奴だと分からなかった。つるつる頭に銀縁めがね、白髪まじりの無精ひげ。がりがりに痩せこけていた。

「すいません。もう閉店なんすけど」
俺は立ち読みに耽る奴に声をかけた。
顔の肌はアトピーで荒れ、眉毛は無かった。それでも、かすかに面影があった。

「もしかして○○?」
思わずそう訊ねると、奴はあらぬ方をきょろきょろ窺いながら、後ずさりするみたいに店を出て行った。

ショックだった。あれが本当にあいつなら、完全に気が触れていると思ったからだ。
その夜、複雑な気分のままバイトを終え、原付の置いてある駐車場に向かった。
シートからヘルメットを取り出そうとすると、不意に背後から声を掛けられた。
奴は自動販売機の影に潜んでいたらしい。

「俺のこと分かるのか?」
突然のことで驚いたが、俺はすぐに気を取り直して答えた。

「○○だろ?」
「本当にそう思うか?」
(ああ、やっぱりこいつ頭がおかしくなってる)
「中学からの付き合いだ。忘れるわけないだろ」

俺は悲しくなって奴の肩に手をかけた。

「俺××だよ。そっちこそ俺のこと忘れたのか?」
「それより、どうしてここにいるんだ?向こうの大学に行ってたんじゃないのか?」

奴は何も答えず、頭を手でなぜている。

「立ち話もなんだ。どっかファミレスでも入るか?」
「いや、人がいる所じゃ緊張してしゃべれない。誰もいない静かな場所がいい」

奴はそれだけ言うと、自分の自転車にまたがった。そして行く先も告げず、いきなり立ちこぎしながら去っていった。

辿り着いた場所は、倉庫が立ち並ぶ埠頭だった。
奴は自転車を降りると、自動販売機でお茶を買った。それから防波堤に腰掛け、ポケットから薬袋を取り出すと、幾つかの錠剤を飲んだ。
その間、会話は無かった。俺が隣に座り、二三話し掛けるが、目を閉じてうつむいている。
成す術もなく真夜中の海を眺めていると、奴は急に切り出した。

「俺はもうすぐ死ぬけど、これから話すことを信じて欲しいんだ」
「自殺する気か?」

驚いてそう言う俺の顔を、奴は初めて見つめた。

「医者の馬鹿にはこう言った」
 奴は落ち着いて、至極まともに見えた。
「俺は悪魔に魂を売った。その返済が近づいてる。

返済を拒否してるから、俺は毎日責められてる」
「どいつもこいつも同じ事を言う。精神分裂病だとさ」
奴は取り留めの無い話を始めた。それをまとめるとこういうことだった。

ある日、頭の中で声がした。
(俺の言うとおりにしろ。そうすれば、おまえの希望を叶えてやる)
奴は最初その声を無視した。その声は、ある時は歌いながら、またある時は怒鳴りながら、しつこく奴に語りかけた。
奴はとうとう根負けして、その声に耳を貸した。

「会話が成立したんだよ。ここが分裂病と違うところだ」
奴は声の主にその証拠を見せろと言ったらしい。
「あの体育教師が事故って死んだだろ」
奴を目の敵にしていた教師が死んだと言うのだが、そんな事実は無かった。
「A子から告ってきたよ」
学校でも美人で人気があった女の子が奴に付き合ってくれと言ってきたそうだが、彼女は他の男とずっと付き合っていた。

俺がその事を否定すると、奴は自信ありげに答えた。
「新聞の切り抜きもあるし、A子からもらった手紙もあるんだ」
おまえの妄想だと言うと、奴は笑いながら、ぼろぼろになった学生証を見せた。
「最初のうちはうまくいってた。受験勉強なんて睡眠学習だけだったしな」
奴は声のアドバイスに従って、一日中寝ていたそうだ。

「でも一人暮らしを始めてから、おかしな事がずっと続くようになった」
「見たことも無い景色を見て、会った事も無い人間のことを覚えていたりした」
偽りの記憶と本当の記憶の狭間で、奴は混乱し、誰からも相手にされなくなったと言う。
さらに、偽りの記憶の方が鮮烈だったりして、奴の現実は圧倒されてしまったらしい。

激しく混乱しているのは明らかだった。話をしている最中も奇妙な仕草を取った。
奴はバシバシ自分の頭を叩きながら、ごくごくお茶を飲んだりした。
突然額の上の部分を押さえて、「また声が聞こえてきた」などとうめいた。
俺に耳を当てて聞いてくれと言うので、その通りにしたが、何も聞こえなかった。
だがその間、奴は聞き取れないほどの早口で、時代がかった言葉を唱えたりした。
支離滅裂な話に数時間付き合わされたせいで、こちらもひどく消耗してしまった。

「俺はお前のことを覚えていない」
奴にそう言われて、かなり安堵したのは確かだ。こちらの手におえる話ではない。
係わり合いになるのも嫌だと感じ始めていた。

「お前もすぐに俺のことを見失うさ」
一瞬奴の表情が変わった。はっきりと悪意を感じた。
「こいつは俺のもんだ」
背すじがぞっとした。俺は見知らぬ誰かに睨まれていた。
奴は甲高い笑い声を上げながら、自転車にまたがった。
俺は奴を引きとめ、奴の正体を確かめようとした。

その時だった。
「おいっ」
背後から声を掛けられた。
振り向くと、何も無かった。
そこには暗く深い海が広がっているだけだった。

ほんのりと怖い話7

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