黒いモノ

俺は新聞屋の専業でさ、休みを除いて朝夕毎日決まった区域を配達してるんだ。
この仕事をしてると、やっぱそれなりに妙な体験をしたことも何度かある。
それで、これは最近あったというか継続中の話。

俺の担当区域は結構田舎の方でね、配る家と家の間も結構離れてるようなところなんだ。
もちろん街灯もあまり無く、建ってる家も古い家が多くて玄関の灯りさえ無いところがほとんど。

当初はビクビクしながら配ってたけど人間やっぱり慣れるもので、いつの間にか恐怖心は無くなってた。
でも、最近は配るのが怖くて仕方ない。
その理由は、あるお客の家(以後はA宅)の向かいの林の中に建っている廃墟にある。

A宅の向かいに廃墟があるのは、この区域の担当になった2年くらい前から知っていた。
元が何なのかはわからないけど、多分元はホテルか何かだった廃墟。
A宅は敷地内にバイクで乗り入れられないからバイクを通りに停め、敷地内を少し歩いて玄関のポストへ新聞を入れる。
それでバイクへ戻る時、必然的に視界へその廃墟は入ってくる。

最初にも書いた通り、初めのうちは怖かったが何か起きるわけでもなく、2年経つうちに気にも留めなくなってた。
でも、今月の三日、何かが起こったんだ。

その日、いつものようにA宅へ新聞を入れ、いつものように何も考えず廃墟を視界に入れながらバイクへ戻った。
本当に何も考えてなかったよ。新聞配達なんて身体が覚えて惰性って言うのかな。そんな感じで配るからね。
そんな俺の視界にある廃墟の入り口。多分、以前は門とかがあったんじゃないかと思う場所。
そこにいつもの景色にはないものがあったんだ。

黒いもの。
暗さに目が慣れているとは言っても、街灯もなく、月や星の明かりだけの中で黒いものなんて見えるはずがない。
それなのに、明らかに黒いとわかるものが見えた。
俺は固まって頭の中に色々な考えがよぎったよ。

人影か・・・いや、人のわけがないし・・・第一人の形をしていない・・・それ以前に生き物なのかわからない。
それじゃ、木か・・・いや、木の形でもない・・・何なんだ?

詳しくは覚えていないけど、とにかく色々なことを考えた。
そして、俺の出した結論。
とにかく、わけのわからない事柄に関わらない方がいい、早くバイクに乗って配達を続けよう。

俺は特に駆けたりもせずバイクへ近づき、バイクへ乗って走り出したよ。
何か声が聞こえたりもなく、後ろから何かが来ている気配もなく、その日の配達は何事も無く終わった。

その日の夕刊、A宅には夕刊も入れている。
今朝のことは頭にあったけど、きっと見間違えか何かだろうと思いながらA宅へ夕刊を入れて戻る。
廃墟の方を見てみるが、黒いものがあったと思われる場所には何もない。
やっぱり見間違えだったんだ、そう思って夕刊を終えた。

そして翌日、昨日のことが頭によぎるけど、夕刊の時に確認していることもあって特に怖いとも思っていなかった。
順調に配達を続けて、A宅へもいつも通りに新聞を入れる。
そして戻る時、昨日のことをその時は完全に忘れていた俺の視界に昨日と同じものが映った。

ある。昨日と同じ場所に、同じ黒い何かがある。
それを見た瞬間、全身に鳥肌が立って、その後に冷たい汗が出てきたよ。
夕刊時に確認した時は確かに何も無かったはずだった。
一体、あれが何なのかさっぱりわからない。
でも、確認する為に近づくなんて怖くて絶対にできない。

この時は、何を考えていたのかも覚えてないし、とにかく動けなかった。
どれくらい時間が経ったのかもわからないけど、配達を遅らせるわけにもいかない。
確か「配達しなきゃ」と思って、ようやく身体が動いたような気がする。
どうにか配達を再開したけど、乗ってる時は怖くて後方確認なんて絶対にできなかったし、ミラーも見れなかった。

バイクから降りないと新聞を入れられない別の家に来て、ようやく少し落ち着いたね。
今は日の出も早くて、その頃は辺りも薄っすらと明るくなってきてたのもあるかもしれない。
とりあえず、その後は何事も起こらず配達は無事に終了。

その日の夕刊時。
昨日、今日とおかしな物を見て気になったから、店の古株達に聞いてみたんだ。
その廃墟はもう十年以上前からあるけど、そんな話は聞いたことがないと言う。

A宅や近辺のお客にもそれとなく聞いてみたけど、元は普通のホテルで、普通に潰れだけ。
ただ、潰れた後に恐らく放火だと思うけど、火事で焼けたとのこと。
周りが林だったこともあって、その時はA宅のお客や周りの家も大騒ぎだったらしい。
でも、無事に消し止められ、すでに廃墟だったこともあって人が死んだということもない。
何か変な噂なども聞いたことはないと言われた。

それじゃ、俺が見たものは一体何だというのだろう。
曰く付きでもない建物に霊なんているのだろうか。
そうなると、やっぱり俺の見間違いだろうとしか思えなかった。

そして、今日。
初めて黒いものを見てから、もう23日が経過している。
その間、休日を除いて俺は毎朝それを見ているけど、俺が休みの日に代わりで配る人は何も見ていないそうだ。
向こうが何かしてくるわけでもない、身の回りで何か不可思議な現象が起きているわけでもない。
ただ毎朝、あの黒いものはそこにいるだけだ。

一体あれは何なんだろうか。
霊なのか、生き物なのかもわからない。
近づけばわかるのかもしれないが、それで何かあるのも絶対に嫌だ。

でも、最近になって少し変化があるように見える。
ほんの少しだけど、黒いものが大きく見えるようになった気がする。
暗い中でのことだから俺の気のせいかもしれない。

でも、もしも、もしもだ。
もし、あれがほんの少しだけこちらに近づいてきているとしたら。
もし、あれが霊で、俺のほうへ少しずつ近づいてきていたらどうすればいいんだろう。
聞いている方からすれば大して怖くないかもしれないけど、俺は怖くて仕方ない。
明日の朝刊配達がとにかく鬱だよ。

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?218

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする