出張で長野に行った時の事。
地方って言い方をすると失礼なのかも知れないけれど、長野に限らず車が生活に密着した所って、自動販売機が大量に置いてある所があるじゃないですか?
街中に限らず、山の中の「どっから電気引いてるんだ?」みたいな突拍子もない場所でも、自動販売機がズラーっと並んでいて、休憩を兼ねてたまに利用するんですが…
その日の仕事を無事に終えたんだけど、もうすっかり日も暮れてしまって、
「腹減ったなぁ…」
とか考えながら、駅前にあるビジネスホテルに向かって、夜の山道を車を走らせていた。
初めて行った場所なもんで、ルートは完全にカーナビ頼り。
「来た道とルート違うじゃん」って思いながらもナビ通りに山道を進んでいたら、進行方向に明かりが見え、近づくにつれて自販機が並んでいるのがわかった。
「まだ1時間近くかかるし、コーヒーでも買うか」って思って、車を自販機前のスペースに滑り込ませて、財布を持って車降りたのね。
コーヒーを買ったらすぐに移動するつもりだったから、当然エンジンは掛けっ放しでさ。
こういう自販機って、地方独自の業者が管理しているからか知らないけど、自販機に飲料メーカーのロゴもないし、色んなメーカーの飲み物がごっちゃに入れられてるじゃないですか。
お目当ての冷たい無糖ブラックコーヒーを買って、物珍しげにそのラインナップを眺めていたら、自販機が列になっている一番端に変な機械があるのに気づいたんだ。
変な機械っていうのは正確な表現じゃないんだろうけど、街中で普通に見かけるインスタントの証明写真撮影機があるのよ。
ライトも点いているから稼動していると思うんだけど、山道の自販機群の中に証明写真撮影機が混じっているのが違和感あってさ。
「なんでこんなもんが?」って思いながら、証明写真撮影機の方に一歩足を踏み出そうと…した足を止めた。
あの機械って、中に入るところにカーテンがついてるじゃないですか?
それが閉まっているのは普通だと思うんだけど…中に誰かいるんですよ。
あのカーテンって中に誰かがいたらわかるように、足元の方が見えるぐらいの長さしかないんだけど、そこから足が見える。
隣の飲料用自販機の明かりに照らされて、間違いなく男性のがっしりとした足が見える、それも裸足。
「………」
誰か(何か?)が入っている証明写真撮影機の方を見ながら、車の方に後ずさりする。
自販機前のスペースは砂利が敷いてあって、一歩後ずさりをするごとに立てなくていい音を立てるけど、写真撮影機の中の足は微動だにしない。
「何で裸足なんだ???」
「ここには俺の車…しか止まってない」
次々と湧き上がる違和感と膨れ上がる恐怖を抑えながら、なるべく音を立てないよう慎重かつ素早く、無神経にアイドリング音を上げている車に向かって後ずさりを続ける。
何とか車まで近づき、運転席のドアを開けようとした時、証明写真撮影機の中ほどにあるランプが稼動して、「…カタン」という音がした。
「……!!」声にならない悲鳴を上げて、エンジンの掛かった車に飛び乗る。
「来るな!!来るな!!」って必死に念じながら思いっきりアクセルを踏み込み、自販機前の駐車スペースから道路に向かって車を急発進。
事故らないように全力でハンドル操作をする。
ちら、とバックミラーで後方を伺うと、自販機の光が遠ざかっているのが見える。
何かが追いかけてくる様子もない。
それでも安心する事が出来ずに、自販機の光が完全に消え去るまで、スピードを緩めずに、ハンドルにかじりつくようにして車を走らせ続けた。
人心地ついたのは周囲に民家の明かりが見え始めてから。
「あの音…証明写真が出てきた音だよなぁ…」
何が写っていたんだろう?と思わない訳でもなかったが、立ち寄ったコンビニで、封を開けていない缶コーヒーと共にその思いを投げ捨て、店内で新たに缶コーヒーを買いなおし、ホテルに向かって車を走らせた。
山にまつわる怖い話56