中学生の時の話。俺は高校生になるまで、かなり山の方に住んでいたので、街灯があるとは言え、夜になると道は本当に真っ暗だった。
で、俺が住んでいた住宅地の一つに、ちょっと変わった人が住んでいて有名だった。
身長1m90cmはあろうかという女の人で、それだけでも目立つのに、彼女は常に地面に付くぐらいの服(覚えてる色は赤、黒、黄色)を着ていて、チューリップハットみたいな帽子を被っていた。
そのせいか、顔はあの時までまともに見たことがなかった。
見たこともないような、すごい量の草が家を囲っていて、夏にそこを通る時なんかは毛虫などの虫が大量にいてちょっと気持ち悪かった。
俺の家はそこから離れていたから良かったが、彼女は近隣住民とのトラブルが絶えないみたいだった。
言い争いをしている所を数回見かけたことがあったが、何しろかなり背丈がでかいので、遠くから見てもかなり威圧感があった。
そしてあの日。俺は部活の練習で学校を出たのがかなり遅くなってしまい、すっかり暗くなった道を一人で帰っていた。
そして、ちょうどあの家の前に差し掛かったとき、満杯になった黒いゴミ袋を、引きずるようにして歩く彼女と鉢合わせになってしまった。
ビクビクしながら通り過ぎようとすると、彼女がこっちに近づいてきた。
完全にアワアワしている俺の前にしゃがみこみ、あのチューリップハットを取り、自分の口元に人差し指を当て、ウインクしながらこう言った。
「部活、お疲れ様。今日会った事は、明日の朝まで誰にも言わないで。」
その時初めて顔を見たんだが、めちゃくちゃ綺麗な人だった。
今で言えば仲間由紀恵をさらにパワーアップしたような感じ。
これ本当に隣人といい争いしてたあの人か?と思ったぐらいの。
掛けられた言葉も、予想していたのと全然違う優しいものだった。
ただ、彼女が手にしていた、明らかに「生活ゴミ」は入っていないであろう黒いゴミ袋が、やっぱり普通とは違う雰囲気を放ち続けていた。
ゴミ袋の中は、どう見ても何かが蠢いているようにしか見えなかった。
う、うん、と俺が震えながらも答えると、「ありがとう。バイバイ。」とその場で俺を見送ってくれた。
怖かったからか、曲がり角に着くまでは、歩きながら何度も後ろを振り返って彼女に手を振った。
その度、彼女も手を振り返してくれていた。そして曲がり角を曲がり、お互いの姿が見えなくなったところで、猛ダッシュで家まで帰った。
結局その話はその日家族にすることなく、次の日を迎えた。
休みの日だったので昼に起きると、何だか家が騒がしい。
母にどうしたのか聞いてみると、あの彼女が逮捕されたとの事だった。
え!?と驚く間もなく、母親が続ける。
彼女は昨夜、隣人の家のガラスを石で叩き割り、巨大な蜂の巣を何個もぶち込んだらしい……。
その家の人は蜂に刺されまくって全員病院行き。その後彼女が出頭してきたそうだ。
その時すぐに理解できた。あのゴミ袋の中は、蜂の巣だったんだと。
結局彼女はあれ以来戻ってくることは無く、蜂に襲われた一家もそのまま引っ越してしまって、それ以来そこは俺が離れるまで2軒とも空き家のままだった。
どうして、あんなに綺麗な人があんな事をしたのか、色んな事情があったのか、俺には分からないが、あの日の会話は今でもはっきりと覚えている。
山にまつわる怖い話56