ヤマセ

民話収集してるが、岩手は遠野市に通いつめる渓流釣り師、その内の少なくとも二人から聞いた話は印象に残っている。
 
遠野市の山峡には時折ヤマセがやって来るが、このヤマセの中で時たまざわざわとした何者かの声を聞くという。
 
ヤマセとは、春~夏に太平洋側からやって来る冷湿な風。
このヤマセが来ると、遠野盆地はまるでドライアイスの煙の中に沈んだように、とっぷりと白く覆い包まれる。
特に標高の低い谷川などには滞留するそうだ。
 
日によっては、手を伸ばすと掌が見えなくなるほど霧が濃い場合もあり、遠野に通う釣り人には、これに出会って山中に立ち往生を余儀なくされた人も多い。
そしてこのヤマセの中では、人の声が聞こえる場合があるという。
自分が話を聞いた二人の話に共通しているのは、それが決して薄気味悪いものではなく、どちらかというと賑やかで、大人数の人間が寄り集まって祝宴を開いているような音なのだという。

自分が話を聞いた一人は、釣りをしている最中にヤマセに会い、クルミの木に背を預けてじっと霧をやり過ごしている最中、がやがやとした人の声、カチャカチャと食器がこすれ合う音、神楽囃子の音が聞こえてきて、正気を保つのに必死だったという。

また別の一人は、ヤマセの中で一心不乱に釣り続けている最中、こそこそと話し合う複数の人の声を聞いたそうだ。
声の主が冗談を言い合ってくすくすと笑いあう声まで聞こえたそうで、彼はこの声の主を山の精霊であろうと言っていた。

声の主の素性、発生条件等はわからないが、なんだかちょっとロマンあふれるなぁと思った話。
ヤマセは一体何を運んでくるのだろう。

山にまつわる怖い話60

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