>>25 や 63-66でもちまっと触れたが、大婆ちゃんの家は二階のスペースがふたつある。
これは元あった家の古い部分に、後から更に増築をした為で、基本、大婆ちゃんの家族はこの増築部分を居住区としている。
じゃあ、旧家部分はどうしているかと言うと、殆ど使ってなくて、座敷などは前の話でも言ったが祭りの酒宴場とか、客の寝泊りに使っているらしい。
そして、この旧家部分の二階は、決して上がってはいけないと言われている。
事実、二階へ上がる階段は座敷を囲む廊下の、奥の方に隠されるようにぽつんとあって、上がろうとしても、二階へと続く穴はがっしりとした木の扉のようなもので完全に塞がれていた。
これがまたかなりの重く、子供程度の力では持ち上げようと思ってもなかなか難しいと言う代物。
とは言え、どうしても気になったので、ある日、俺は大婆ちゃんに「どうして二階に上がったらあかんの?」と、聞いてみた事があった。
すると、大婆ちゃん「この家の二階にはのぅ、カミサンが居られるんや。でも、カミサンはあんまり騒がしいのは好きやない。だから、二階に上がったらあかんのよ」との事。
カミサン(多分、神様だろう)の存在に思わず、胸がドキドキしたが、既に一階の座敷でのっぴきならぬ体験をしていただけに、どうしても二階を探検してやろうと言う気にはならなかった。
そんなこんなで数年後、俺も既に中学生になろうかと言う頃の事だったと思う。
その日、県外に出ていた大婆ちゃんの一族の人らが久しぶりに集まって、小さな酒宴みたいなものを開くとあり、俺の家族もついでだからと挨拶を兼ねて参加する事にした。
会場は例の座敷――ではなく、増築部分の居間やら食卓やら。
俺はと言うと、周りは殆どが見たことのない大人だらけだったので、談話に加われる筈もなくする事もなければ、居間のテレビをぼんやりと眺めていた。すると「何やっとんのやぁ、○○(俺の名前)!」と声をかけられる。
見れば、大婆ちゃんの家に行くとたまに会うことのある、おっちゃんだった。
おっちゃんと言ってもまだ二十代後半で、普段はトラックの運ちゃんなんかをしているらしい。
髪型がちょっとヤンキー入ってて、やたら暑苦しい感じがするので少し苦手なタイプだったが、俺と兄を軽トラの荷台に乗っけて、海に連れて行ってくれたりする(山間ではあるが、道を下れば一時間
くらいで海に出る立地条件なのだこの村)やたら人懐っこい――そんな人だ。
「おっちゃん、酒臭~」と鼻を摘むと、おっちゃんはガハハと笑いながら「誰がおっちゃんやねん、おにーさん言わんか」と、割と力を込めて頭をグリグリされた。まあ、それはそれでいつもの事。
そんな感じで適当に話をしたり対戦ゲームをしていたりしたのだが、ふと思い出すようにこんな事を聞いてみた。
「おっちゃんさあ、座敷の二階て上がったことある?」
すると、おっちゃんは少し怪訝そうな顔をして、辺りを伺うように見回す。
そして、
「あー、何か暑くなってきたなー……庭に涼みに行こうか?」
と、独り言のように呟いて立ち上がると、居間を横切って玄関の方へ歩いてゆく。
俺も慌てて後を追い、家の外へ。そのままぐるりと周囲を回ると、古い蔵のある庭の方へと移動した。
庭に置かれてる適当な大石に腰掛、おっちゃんは煙草を一服、そしてやおらに「○は上がった事あんのか?」と、逆に聞いてくる。
「いや、上がった事ないから聞いてるやん」と答えるとおっちゃんは「そーか」と一言。
そして、
「いやな、一応上がったらアカン事になってるから、あんまおおっぴらには言えんのやけどな……」
等と言う。と言うか、その言い草だと……
「あるよ。かなり前やけどな……十五、六年くらい前かな」と、おっちゃん。
何でも、当時のおっちゃんも
同じように、どうして二階に上がってはいけないのか疑問に思い、大婆ちゃんに聞いた事があるらしい。
俺と違ったのは、それだけでは満足出来ず、家に人がいない頃を見計らってこっそりと侵入したと言う事。
「いやはや、未だに何で二階がああなってるのかは、さっぱり分からんわ」と小首を捻るおっちゃん。
「何が?」と聞くと「いや、昼間のうちに二階あがったんやけどな……先ず、真っ暗でな。何でこんなに何も見えんのかと思えば、当たり前の話で……窓とか一切無いんだわな、あそこ」
言われて、俺は背後の家を振り返ってみた。
ああ、そう言えばそうだ。この旧家部分には二階部屋は存在していても、その明り取りや換気の為の窓がひとつも無い。
ぱっと見だと、妙に屋根の大きな頭でっかちな平屋建てと言うか、立派なお寺さんと言った風の佇まい。
今までそれに気づかなかったというから、俺も相当に間抜けな話だ。
「余りにも暗いんで、一回、懐中電灯取りに戻ってな……で、もっかい上がってみたんよ。
先ずは廊下がぐるりと周囲を囲んでてな、そん中は座敷。それがふすまで田の字型に区切られてて……」
と、そこまで聞いて俺はぎょっとした「おっちゃん、ちょっと待ってや! それって……」俺の言葉におっちゃんはにやりと笑うと
「そうや、気づいたか? 一階の間取りそのままなんや……スペースの問題か、若干手狭ではあったがな座敷の床の間から何から、全部同じやったぞ、それどころかなあ――」
おっちゃんの話しによると、さらには扉つき玄関(扉の向こうは壁らしい)から、増築時に潰してしまった土間まで、それら全てが寸分違わずに再現されていて、そこはもうひとつの家そのものだったそうだ。
どうしてそんなものが……と、尋ねると、おっちゃんは「だから、分からんって言ってるやろ?」と
投げやりな答え。でもその後直ぐに思い出したように、「でも、婆ちゃん言ってたな……あすこはカミサンの住む所やってな」と、そんな事を呟いた。
ちなみに、一通り回ってみたが、誰か住んでいるような感じではなく。
しかし、座敷奥の仏間の辺りに、
まるで誰かが座っていたかのように座布団が五枚、車座の形で置かれていたのが妙に不気味だったと、おっちゃんはそんな事も言っていた。
ほんのりと怖い話53