賽の神

叔父から聞いた話

戦後の混乱期の事、冬のある日に男衆が山を越えて買いだしに行った。
集落ではどの家も畑仕事をし、鶏を育てていた。川では魚・貝・蟹を捕り、山で山菜、獣を捕まえていたので、都会と違い日常の食べるものには困らなかったが、日常品はなかなか手に入らなかった。
山を越えて町へ行き、持参した商品を売ったり交換したりして目当てのものを手に入れる。

隊列を組んで帰る途中、雪が降り吹雪に変わった。
互いに見失わないように出していた声も途切れがちになり、ようよう集落に帰り着いた。
一人足りなかった。

慌てて集落の近くを探したが、何処にいるかわからない。
夜になっていたのもあり、捜索は夜が明けてから とされた。
皆口には出さなかったが、うすうすもう駄目だろうと思っていたそうだ。

その日の夜中、行方不明になった男の家から知らせがきた。
男が帰ってきた。疲れきった眠ってしまったが、訳の判らない事をいっていたという。
翌日になってから、集落の人間が男の家に言った。

男が言うには、吹雪の中で仲間を見失ってしまった。ふと気づくと、間違えて山の方へ行っていた。
慌てて引き返えしたものの、吹雪の中で何処を歩いているのか判らなくなった。
すっかり日が暮れて体も冷え切り、もう駄目だと思った頃に、声が聞こえた。
吹雪で判り難いが、「おおい、おおい」と呼ばれている。ちらちら明かりも見えた。

俺を探してくれているんだと思って、呼び返して声の方向へと進んだ。
相手はこちらに気づかないようだが、切れ切れの声と松明の明かりらしいものを目指してとにかく歩いた。
気がつくと集落の側に来ていて、もう夜中になっていた。
遅くまで探していてくれたのが誰だろう?仲の良い○○だと思うのだが、おかげで命拾いした。本当にありがとう。

集落に、男を夜中まで探していた人間はいなかった。
男を捜して命を救ってくれたのは、集落側の賽の神では?という話になって皆で礼を言いにいったそうだ。

俺が叔父に聞いた時も賽の神は集落で大事に祭られていた。

山にまつわる怖い話63

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