ピンクちゃん

俺が6年程前、某宝石店で働いていた時の話。

ある先輩Sさんの顧客に70歳前後の裕福な女性がいたんだけど、従業員の間では「ピンクちゃん」と呼ばれていた。
名前の由来はその老婦人が全身ピンクで固めてたことによる。

洋服は勿論、タイツ、羽根帽子、口紅、マニキュア、ペディキュア・・・怖いぐらいのショッキングピンク。それに対して顔の化粧は厚塗りの真っ白。
肌色のファンデとかじゃなくおしろい塗りたくったような真っ白。
ただ、なぜか鼻の頭にチーク塗ってんの。赤鼻。
しかも毎度毎度違う服なのね、来店時には。
林家パー子をちょっと太らせてアーモンド目になった感じを想像してくれたらいい。

で、その店は月に一回位展示会があったんだが、毎度毎度来ては100マソ以上は最低買って帰る。
その先輩Sさんは年間2000マソ程度の売り上げをその「ピンクちゃん」一人で上げていた。
そういう訳でSさんからしたら超太客。その人だけで先輩の年間の売り上げ目標の6割以上を弾き出してたから。
俺も販売や送り迎えを手伝ったりして、ピンクちゃんとはわりと話すようになっていた。

ところがそのお客さんの所に案内や納品に行くようになってSさんがみるみる痩せてきた。
もともとチョコボール向井みたいな外見だったのが、どんどん痩せてきてこのあいだ自殺した某貧乏アイドルのマネージャーみたいな体型に。
誰が訳を聞いても答えない。

その宝石店はたまに「同行」といって、お客さんが同じ営業マンに飽きないようにと、他の営業マンのスキルを学ぶためにツーマンセルで営業に行くことがあった。
たまたま俺がそれの相方になった時、急にSさんが「ピンクちゃんのとこ、一緒に行くか?」と言ってきた。

それまでSさんはそのピンクちゃんの所へは誰も連れて行ってない、と言う事も聞いた。
「次回は誰々とご案内に来ますね」っていうと決まってピンクちゃんが拒否してたかららしい。
不謹慎だけどSさんがどんどん痩せていってる訳も気になったし、そんな変人(失礼)のお宅がどんなもんだかも気になったし、半ばヒミツを覗くような気持ちで同行を承知した。

行ってみて驚愕したんだけど、木造のあばらやのうえ、中はまるでゴミ屋敷。
なんであんなに買い物するのに(確か2年半で7500万)こんなところに・・・と思った。
そこら中にゴミ袋も散乱していて、すえた臭いが鼻をつく。
空気がよどんでいると言うか、なまぬるい室温が妙に薬臭い。
部屋中に洗濯物も干してあって、それがまた全部ピンク。見たくなかったけど下着も。
もうね、一歩部屋に入ったとたん悪寒が来まくりだった。

何より怖かったのが50cm程開いた襖の向こうにベッドがあって、そこには寝たきりのご主人が居る、と言う事実。部屋には工場にあるような透明ビニールのすだれがかかってた。
よく病院にあるような計器類と点滴もあった(ような気がする)。
もう6年も前の事でうろおぼえなんで、ひょっとしたらそういう設備じゃないのかもしれないけど。
よく見る事なんか出来なかったしな、あの雰囲気じゃ。

で、そこで「ご飯食べるでしょ?」とピンクちゃんが聞いて来て、俺は断ろうとしたんだけど、そんな俺を静止して笑顔で「いただきます!」と答えるSさん。
いやいや先輩、午後4時ですよ?夕飯には早いし、昼飯は食ったばっかだし・・・

10分程待って何がでてきたかというとうなぎ丼。

全部が頭部のな。

うなぎの頭だけのうなぎ丼。どんぶり飯の上に頭がいっぱいなの。うなぎの。
どんぶりの大きさも異常。ラーメンの大サイズなの、どんぶりが。
だいたい白飯が3合は入るサイズだったと思う。
俺はもう、一秒でも早くそこを立ち去りたかった。
でも食ってんの、Sさん。笑顔だけど目に涙一杯ためてぼりぼりぼりぼり食ってんの。
それをうっとりと見つめるピンクちゃん。
「マサトー(下の名前)がんばれー」とSさんの腕にしなだれかかる。

1時間後にやっとたいらげてピンクちゃん宅を出たSさんと俺。
帰り道、Sさんと話してたら「今日のはまだマシな方だよ」と。
宇治金時を豚のショウガ焼きかけたものや牛脂を焼いただけのもの、サンマのはらわた丼などとてもじゃないがまともな神経で食える物じゃないラインナップらしい。
断ってへそ曲げられて売り上げに響いた月があったから、それ以降は毎回死ぬ思いで食べるようにしてるそうだ。3回に2回は近くのコンビニでリバース。
それで胃と食道が荒れての激やせだったらしい。

「何で俺を連れて行ったんですかー!」って聞いたら
「ピンクちゃんがさ、次の担当にお前を指名したんだよ。俺は修行でこの店に来てるだろ?来年には卒業だから、その後お前が引き継いでくれたらいいよ。」

結局俺は先輩の卒業を待つことなく3週間後に会社を辞めた。
売り上げよりも、仕事よりも命の方が大事だから。
あの化け物を誰が引き継いだかは、知らない。

ほんのりと怖い話75

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする