会社の研修施設

数カ月前、会社の研修施設で体験した話。

俺の会社はガテン系の結構大きな会社なんだが、某県に研修施設がある。
戦国時代の割と有名な合戦場の近くにある、山の中の小さな研修施設なんだけど、この施設の中にある3階建ての宿泊棟が、いわゆる「出る」ことで社員の中では有名だった。 

ある者曰く「2階なのに、窓の外を誰かが通っていく気配がする」、またある者は「3階のどこかにお札が何枚も貼られている」とか、「研修中に亡くなった長い髪の女が宿泊棟の中を歩いている」とか、まあいろいろ。
ちなみに職業柄女性社員なんて壊滅的に少ないし、たまにいても髪を伸ばしている奴なんてまずいない。

まあよくある怪談話なんだけど、宿泊棟の1階にある資料室みたいなところには、仕事中に亡くなった方々の遺品とかが教養のために収められているのもあって、うちの会社の社員たちは割とその宿泊棟を気味悪く思っているんだよね。

去年の秋口、3泊4日の予定で社内研修があり、各営業所から一人ずつ集められて、法制度とか書類様式の改定とかの教養を受けることになった。

うちの営業所からは、たまたま手の空いていた俺が行くことになったんだけど、宿泊場所が例の宿泊棟だったんだ。
宿泊棟は3階建てで、築40年くらい。
一見して普通というか、学校とか病院みたいな無機質な建物。
俺たち研修生が宿泊する部屋は、個室ではなくいわゆる大部屋だった。

20畳くらいの部屋で、廊下から入口を入ると両サイドの壁に沿ってベッドが3つずつ、計6個並んでいて、ベッドの脇に細いロッカーが備え付けれられ、ベッドとロッカーの周りがカーテンで仕切れるようになっている。
まあ病院の大部屋を想像してもらえれば大体あってる。

俺には入口から向かって左側、真ん中のベッドが割り当てられた。
俺の泊まる大部屋にはあと5人集まってきたんだが、他の研修とかで顔を合わせてたり、以前一緒の営業所で働いてたりと、それなりに顔を見知った人たちが集まった。
入社年こそバラバラだけど、比較的歳や役職も近いメンバーだったんで、そんなにかしこまらずに駄弁れるくらいの関係性といった感じ。

昼間は研修をするんでいいんだが、なんせ山の中、しかも酒類の持ち込みは禁止というお達しが出ていたせいで、夜はヒマでヒマでしょうがない。
大部屋ということもあって、自然ベッドに寝っ転がりながら馬鹿話に花を咲かせるのが娯楽となり、例の怪談なんかも話題にしつつ時間を潰しているうちに、消灯時間が来た。

俺はいびきがうるさいので、手を挙げて「先に行っておくけど、俺いびきがうるさい上にすぐ寝るんで、早く寝ないと眠れなくなると思うよww」と断りを入れたんだけど、ほかの皆も俺も俺もと手を挙げる。
更に俺の右隣、入口側のベッドに陣取る後輩が「俺は歯ぎしりがうるさいらしいんで、先に謝っときますわww」とか言いだす。

結局6人中俺を含む5人が何らかの騒音を立てることが判明したので、これは早く寝た者勝ちということで、皆ベッドを仕切るカーテンを閉めて消灯となった。

前置きが長くなって申し訳ない。
消灯から3分もしないうちにあちこちからいびきが聞こえ始め、俺は完全に寝そびれてしまった。
静かなのは俺の左隣、窓側のベッドに寝ている先輩くらい。

確かに一人だけいびきの申告をしなかったなあ、などと思いつつ1時間ほどベッドの中でウダウダしていると、俺の右隣から宣言どおりの強烈な歯ぎしりが聞こえてきた。
これまでの人生で歯ぎしりをする奴と同衾したことがなかったので、驚き半分イラつき半分で目をつむり、枕を頭に乗せて音量を遮断しようとしたが全く効果がない。
歯ぎしりはひっきりなしに聞こえる。
歯が擦り切れるんじゃないかと思うくらいの音量で聞こえるギチギチ、ギチギチという音がしばらく続いた時、それは起こった。
というか、聞こえた。

俺の右隣、歯ぎしりが聞こえる方向から、「うーん」っていう後輩の声と、寝返りを打つ音、コンコンと軽くせき込む音が聞こえたんだ。
歯ぎしりの音は続いたまま。
カーテンで仕切られているので姿こそ見えないが、声の聞こえた方向と、何より声で寝返りを打ったのが後輩であることは間違いない。
歯ぎしりしながら声出したりせき込んだりなんか出来ないだろ?
他の4人の誰かが後輩のスペースに移動したような音もなかったし、なにより皆いびきをかいているので寝ているのは間違いない。

いびきをかいていない左隣の先輩も寝息は聞こえるので、この部屋にいる6人は皆ベッドに寝ていることになる。
じゃあ、誰が後輩のスペースで歯ぎしりをしているんだ?
俺は怖くなって、そっと布団を被って、必死に目を閉じた。

気づいたら朝になっていて、ほかの誰かが仕切りのカーテンを開ける音で目が覚めた。
同室メンバーの様子を見てみたが、特に変わった様子もなく、いたって普通の寝起きの顔をしていた。
例の後輩に至っては、誰々のいびきがキツかったっすw、とか言って笑ってた。
なんとなく昨夜のことが聞けないまま、洗面所に立ったところ、昨夜一人だけ静かだった左隣の先輩が顔を洗っていたので、そっと聞いてみた。

「先輩、夕べうるさかったですか?」
「あー、お前らすごいねw いびきの大合唱って感じだったぞw」
「すんません、で、何か変な音聞こえませんでしたか?」
「おいおい、朝から怪談はねえだろうよw あ、そういえば…」
「何すか?何か聞こえました?」
「いや、いびきがうるさくて耳栓して寝たからそういうのはないな。ただ、起きたら腕に長い髪の毛が巻き付いてた。ほら、それ」
って洗面台を指さすんだ。
洗面台には60センチくらいの長さの髪の毛が1本流れずに残ってた。

不可解な体験、謎な話~enigma~ 110

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