とある男が東国から都を目指してやってきた。
勢田橋を渡ってきたところで日が暮れてしまったので、どこかで宿をとろうとしていたところ、荒れ果てて人も住んでいない大きな家を見つけた。
男は馬を繋ぎ、床に皮などを敷いてひとり横になっていたが寝つけず、やがて夜が更けた頃、部屋に置いてあった大きな箱がひとりでに「ごほろ」と鳴って蓋が開いたのを見てしまった。
そうこうしている間に、箱の蓋が次第に大きく開いていくように見えたので、男は怖くなって馬に這い乗って鞭を打って逃げようとした。
するとその時、箱の蓋を「がさ」と開けて何者かが出てきた。その者は恐ろしい声をあげて
「貴様は何処へ逃げようというのだ。私が此処にいたのを知らなかったのか」
と言って追いかけてきた。
男は馬で逃げながら後ろを振り返って見たが、夜中であったのでその者の姿は見えず、ただただ恐ろしくなった。
程なくして、勢田橋まで逃げてきた。
男は馬を乗り捨て、橋げたの柱のもとに隠れた。
「観音様、助けて下さい」と念じながら体を縮めて潜んでいると、何者かが橋の上にやってきた。
その者は恐ろしい声をあげて
「どこにいる」
と幾度か呼びかけた。
これは隠れ切ったなと思っていた男の傍で
「おりますよ」
と声がした。
――物語はここで終わっている。
これは「今昔物語集」に収録されている話で、どういうわけかここで筆が置かれており、頁の残り二行分と、次の頁が丸々白紙となって現代に残っている。
話の結末を知るすべはない。
無論、作者の身に何が起こって書きかけとなったのか、その訳も今となっては知る由もない
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?274