知り合いの話。
里山で山菜採りをしていて、普段入らないような山奥まで踏み入ってしまった。
実家の者から、あまり奥まで行くなと注意されていたのを思い出す。
そろそろ引き返そうかと思案している頃。
小さな淵を見つけた。水が冷たそうで、思わず手を伸ばして涼を取る。
その時、急に悪寒が走った。全身に鳥肌が立つ。
目を上げると、何かが水中から浮かび上がってくるのが見えた。
かなりの大きさがある黒い影。
出来るだけ静かに立ち上がり、背を向けて歩き出す。
二、三歩進むと背後で水が流れる音がした。何かが水を割って現れたかのよう。
恐怖を押さえ、そのまま歩を進めた。
幸い、背後の気配はそれ以上追ってこなかった。
麓に辿り着いて、腰が抜けたようにへたり込んだ。
山菜を淵に忘れてきたことに気がついたが、取りに帰るのはとても出来なかった。
漸う屋敷に帰り年寄りに話したところ、それは牛鬼だと教えられた。
昔からこの辺りの山奥に棲んでいる魔物らしい。
何もなかったことで安堵した後、注意を聞かなかったことでひどく怒られた。
「すぐに引き返して良かった。目が合ったら死ぬと言われているからな」
怒られるまでもなく、二度とその奥に行くことはないと彼は言っている。
山にまつわる怖い話21