大きな廃病院

私の経験したちょっと奇妙な出来事です。

実家の近所に大きな廃病院跡がありました。
ずいぶん古くて頑丈そうな石造りの建物が数棟。
敷地も広くて、中には小さな池や森などもあり、プチ廃墟マニアの私などには、絶好のロケーションでした。

小学校の頃は探検や虫取り。中高生の頃には肝試し。
高校卒業後、地元を離れたので足は遠のきましたが、帰省の折りには一人立ち寄って、廃墟に独特の、眠っているような空気を楽しんだりしていました。
今年の正月にも、両親に子供を預けて、妻と二人で廃墟を散策。
妻は「濱マイクに出てきた診療所みたい」と、まんざらでもなさそうでした。

そんなこんなで、その廃病院にはもう何百回と出入りしましたが、特に怪異と呼べるような体験はこれまで一度も無かったのです。

先週末。夏休みを利用して実家に帰りました。
夕暮れ時に件の病院跡に行ってみたところ、かなり様子が変わっていました。
広大な敷地の周囲にはフェンスが張り巡らされ、中には重機が数台置いてあります。
病院の建物は跡形もなく、鬱蒼とした木立も大半が無くなっているようでした。

半ば呆然としながら周囲をうろついていると、フェンスに小さな看板が見えました。
見ると「土地区画整理事業」とあります。
この辺りは、近年住宅地として再開発が進んでおり、ここもその一環をなすようです。

それにしても、8ヶ月前まではあれだけの存在感を放っていた廃墟だったのに、人の意志が働くと、時間はこうも加速するものなのか─そんなこと考えながら、蝉時雨の絶えた道筋をたどり家へと戻りました。

その日の夕食後、父親に病院跡地の土地区画事業について尋ねました。

「ああ、アレな。なんでもショッピングセンターになるらしいぞ。」
「ショッピングセンター?あそこ病院跡地だろ?」
「それがどうした。」
「そういうのって、何かちょっと気持ち悪くないか?」

「そうか?俺は別に気にならないがな。」
「病院って人が死んでる場所だろうがよ。」
「だからって、潰れてから何十年も経ってるんだぞ。」
「そりゃそうだけど…」
「まぁ何かと便利になるしな。こっちの人はみんな歓迎してるさ。」

父親は屈託なく笑ってコップからビールを啜りました。

「…そうは言っても土地の補償とかで難航したんだろうな。あそこは取り壊してから、もう1年近く放ったらかしだ。」
「1年ってことは無いだろう。俺が正月に行った時はまだ廃墟のままだったぞ。」
「お前、何言ってるんだ?秋からこっち、あそこは更地だ。吉森んトコが仕事請けたのが去年の今頃だから間違いない。」

その後、母親にも確認したのですが、父親の言うことに間違いないとのこと。
これは私の勘違いなのかと思い、妻に事情を説明せずに聞いてみたところ、やはり私の記憶通り、今年の1月に廃墟を訪れたと答えました。

場所を取り違えているのか、私達の記憶違いなのか何となく触れてはいけないような気がして、確認しないままに帰宅しました。
ただ、これは断言できるのですが、実家の周辺には他に大きな廃墟はありません。
ならば、1月に私達が彷徨った廃墟は何処にあるのでしょう。

私的にほんのり怖い体験でした。

ほんのりと怖い話14

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