知り合いの話。
地元の山を満月の夜出歩くと、場違いな物に出会すことがあるという。
暗い山道が開けた場に、時折それは現れる。
白い月光が冴え冴えと降り注ぐ中、グツグツと音を立てている黒い影。
野菜や赤肉がみっしりと並べられた、ごつい鉄鍋だ。
淡い月明かりにもかかわらず、なぜか具の一品一品までよく見える。
地の上に直接置かれているのに、まるで熱い火に掛けられているかのように良い感じで煮立っている。
猟師仲間に伝わるそれは「山鍋」と呼ばれているらしい。
「大昔に儂も一回見たことがあるが、いや実に美味そうじゃった。香りといい音といい見目といい、何とも食欲をそそったな。うんにゃ、口にしてはおらんよ。食べたって者の話も聞いたことはないな。儂みたいにビビッて手を着けなかったか、それとも、口にしたら帰ってこれんようになるのかもしれんの」
猟師をしていたという彼の祖父は、そう言って杯を空にした。
山にまつわる怖い話28