擦りガラスの向こうの人影

自分のじゃなくて叔父の体験談だけど…

当時独身で一人暮らしだった叔父さんがある晩、寝室で寝ていると胸を締め付けられるような苦しさで目を覚ました。
叔父さんは何と無く違和感を覚えて室内を見渡したそうだ。

すると、叔父さんの寝室の扉には擦りガラスの小さな窓みたいのが付いてるんだが、そこにうっすらと人影のようなものが写っていた。
泥棒だ、とっさに叔父さんはそう思った。

叔父さんは仕事中はずっとタバコ吸ってるかコーヒー飲んでるかの生活で体重は100キロ近くという不健康ボディだったが、柔道だったか空手だったかの有段者。
包丁やナイフを持ったぐらいの素人の泥棒ならボコボコにする自信はあったらしい。

「誰じゃいゴラァァア!!」と叫びながら寝室の扉を開けた叔父さん。
だがそこには泥棒なんかいなかった。
代わりに白い人の形をした靄のようなものがいた。
そしてそれは叔父さんの前で消えていった。
ここが叔父さんの凄いとこで「ンだよ、泥棒じゃねぇのかよ!なら俺を起こすンじゃねぇ!!」とか思いながら寝直したそうだ。

しかし次の日もまた胸の苦しさで目を覚まし、擦りガラスに人影が写っていたので扉を開けると、叔父さんの目の前で消えていく。
これが毎晩の様に続いた。

2週間も続いた頃、精神的に負いるのが普通だが、叔父さんは負いってはいなかった。
もっとも睡眠不足気味で肉体的には若干負いったらしいが「次に現れた時は扉開けずに無視してやる!絶対負けねぇ!!」と奮い立った。
ある晩、またいつもの様に叔父さんは胸の苦しさで目を覚ました。

案の定、擦りガラスの向こうには奴がいる。
「オレは人を半殺しにしたことならあるが殺したことはねぇ、なんで幽霊に怨まれなきゃならん!」
と寝不足の怒りをパワーに変えると扉を開けたい衝動をグッと堪えた。

その間にも胸の苦しさは強くなっていく。
そしてそれに比例するように擦りガラス越しの人影は濃くなった。
まるでピンボケの白黒写真が徐々にピントの合ったカラー写真になっていくように、さらにそいつはドアノブをガチャガチャ回し始めた。

胸の激しい苦しさと正体不明の相手との睨み合いに全身からは嫌な汗が滝のように噴き出す。
人影が肌色は悪いがガッシリとした体格で水色の服を着ていて、左手でドアノブを回しているのが分かるくらい濃くなった時に、叔父さんの胸の苦しさは限界に達した。

我慢できなくなった叔父さんはベッドの上から這うようにして進んで寝室の扉を開けた。
連日の経験から扉を開ければ苦しみから解放されると思ったのだ。

果たして扉の向こうに立っていたのは叔父さん自身だった。
叔父さんと全く同じ姿形、水色のパジャマを着ているのまで一緒だった。
自分と違う点と言えば酷く体調が悪そうで、肌色も悪く目には生気が無く、苦痛に歪み助けを求めるような表情をしていた。

「いや、これこそが今の自分自身の姿なのかもな」
そんなことを考えていると、扉の向こうの叔父さんはいつもの人影と同じく溶けるように消えていった。
そしていつの間にか胸の苦しさも消えていた。
その晩は結局そのまま朝まで起きていた。

朝一で職場に欠勤する旨を伝えると、仕事が忙しくない時期だったこともあってすんなり許可された。
叔父さんはそのまま病院に向かった。
何故そうしたのか、それは叔父さんにも分からなかった。
ただ本能的にとしか言えないという。
叔父さんは丸一日かけて入念な検査をしてもらった。
検査の結果、叔父さんは極度の狭心症を患っていて心筋梗塞の手前だと診断された。

「お宅のように一人暮らしだと寝てる時に心筋梗塞を起こして誰にも気付かれずにそのままポックリってパターンも有り得たよ」
と医者に言われてゾッとしたそうだ。

その時に叔父さんは全てを悟ったそうだ。
オレは毎晩発作を起こして死にかけてたんだ。
そしてオレの体から魂がどんどん抜けていってた。

だが、そこはオレの魂。
死んでたまるかとばかりにドアノブに捕まり寝室の扉の前に止まり続けてた。
オレが扉を開ければ魂は体に戻りオレは生き返る。
そりゃ扉を中々開けなければ魂はどんどん抜けていくから胸の苦しさも強くなるわな。

その後、叔父さんは食事療法と投薬治療で完治。
今ではその頃からするとかなり痩せてるし心臓も元気、何より叔父さんの体を気にかけてくれる奥さんもできた。

最後に叔父さんの一言。
人間ドックとかは絶対に定期的に受けた方がいい。

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