おとんを見た話。
無駄遣いと言われても喫茶店で一人でお茶するのが好き。
今時の「カフェ」といった洒落た店ではなく、いわゆる喫茶店が好き。
たいてい流行ってなくて、客が少ないのも好き。
古本屋で買ってきたばかりの短編集なんかを持ち込んで、誰にも邪魔されずゆっくりとコーヒーをすする至福の時間。
その日はウインナーコーヒーを飲んでた。
カプチーノとかラテとかじゃなくて、生クリームがどーんと乗っかってて、シナモンの香りのする甘いコーヒー。
自分はこれが大好き。おとんも好きだった。
それをすすりながら、本の世界に没頭してた
突然、キインと耳鳴りがして、その後、周りの音がスーっと引いていった。
貧血になったときと似てた、でも頭はぼんやりしなくて、むしろ冴えわたってる感じ。
そして、店の一角が光り輝きだした。
向かい側のボックス席の隅っこに、おとんが座ってこっち見てた。
にこにこと笑ってて、しかも金色の後光まで差してた。
自分と同じようにコーヒーカップと文庫本を目の前のテーブルにのせて、こちらにむかって微笑んでいた。
賛美歌でも聞こえてきていいくらい、天使のようなおとんだった。
生きているときは、ろくに風呂も入らない、酒飲みの汚いジジイだったのに。
光の効果なのか、なんか肌もツルツルで、この世のものじゃないキレイなおとん。
もうびっくりして声を上げたいのに声を上げるどころか体も動かせない、完全な静寂。
けど不思議とまったく恐怖感は無かったな、出てきてるのおとんだし。
なんか必死で心の中でおとんに呼びかけたよ。
なんで突然死んでしまったんだとか、仏壇に見向きもせずごめんとか。
お供え物のタバコ吸いまくってごめんとか、今何読んでるんだとか。
死んでも大好きな読書ができてるんだな、少し天使っぽくなっちゃったけど、変わりなくて俺は嬉しいよ、とか。
もう最後には言うことなくなって、心の中で「おとん!おとーん!」って名前呼び始めたら、おとんは満足したのか、ふんっと笑って視線を文庫本に落として、それで消えてしまった
ぷわっと消える前の電球みたいに一瞬光って消えちゃったよ。
じわ~っと周りの喧騒が耳に戻ってきて、後はもう何事も無かったかのように、周囲は平凡な喫茶店。
心拍も落ち着いてて、汗なんかもかかなかった。
ああ、おとんに会えたな~。としか思わなかった。
邂逅の場としちゃ、墓前なんかよりよほどしっくりくる場面だったし、おとんが現れたってことに違和感を感じることができなかった。
いつかまた、おとんが好きそうなところで、おとんが好きだったことに没頭してたら、思いがけず再会できたりするんじゃないかと期待してるのだけど、まだ、おとんには1回しか会えてないです。
不可解な体験、謎な話~enigma~ 59