若い頃、登山が好きだった父の話
怖くはないのだが、記憶に残っているので書いてみる。
どこの山だったかは忘れてしまったが(本人に聞けば覚えている筈)、 単独で登山中、崖から滑り落ちた。
「あ、こりゃアカンな」と思ったらしいから、それなりの崖だろう。
しばし気絶していたようだが、幸いにして致命的な怪我はなかった。
元の場所に戻るルートを探してさまよっていると、一部が白骨化したカモシカの死体を見つけた。
死体の腹部には木が刺さっており、父はそれを哀れに思った。
抜いてやろうとしたが、なかなか抜けない。
よく見ると、カモシカは立木に突き刺さっていた。
ほっとけばいいのに、父は意地になりカモシカを抱え上げようとした。
もちろん、一部が白骨化しているのだから、腐乱もしている。
気持ちの悪い感触と匂いに、無理に持ち上げてしまえば死体がぐちゃぐちゃになると諦めた。
野生の動物なのだから墓を作って弔うのもはばかられ、かと言ってほうって置くのも忍びないと思うと涙が出たそうだ。
(父いわく、山は人を感傷的にするものらしい)
やがて父はカモシカの角を布に包み、持ち帰ることにした。
なんで持ち帰ることにしたかは聞いていないから知らん。
良いように考えれば弔いだろうし、ただの物珍しさからかも知れん。
で、再び帰る道を探していると、二頭のカモシカが現れた。
またカモシカか、ここらはカモシカの住処なんだなーとか考えながらじっとしていると、カモシカもじっとしている。
一歩踏み出すと、一歩進む。
ひょっとしてひょっとするか?とついて行く父(いわく山は人を敬虔にすry)
背中や肩を強打したせいで、ゆっくりとしか歩けない父を二頭のカモシカは時折振り返りながら先導してくれた。
やがて父はひらけた場所にたどり着き、無事に下山することが出来た。
二頭のカモシカは父が登山道に出るまで、つかず離れず側にいたそうだ。
父いわく、二頭のカモシカは大きいカモシカと小さいカモシカで、これは親子(夫婦だったかも)なのだと力説していた。
つまり死んでいたカモシカの両親か親子だと言いたいのだろう。
カモシカが先導した話は父の作り話かもしれないが、父が単独登山で割と大怪我をして戻って来たのは事実であり、今もカモシカの角は実家に飾られている。
山にまつわる怖い話54