ドアを開け閉めする音

俺の知り合いが住んでるアパートの話なんだが、いつごろからか忘れたが、向かいの部屋の住人が夜中になると頻繁に部屋を出入りするようになったらしく、その度にドアをばったんばったん開け閉めするから、かなり迷惑しているらしい。

ある夜、流石に我慢の限界に達した知り合いは、そいつが部屋を出るのを見計らって、自分も廊下に出ると、そいつを呼び止めたそうだ。

「おい!」
長い黒髪の後姿(多分女性だろう)に声をかけると、そいつは一瞬だけびくっと体を震わせたて立ち止まる。
夏が終ったばかりだと言うのに、コートみたいなものを着ていて、酷く気味の悪い感じだったそうだ。
しかし、知り合いも毎晩毎晩騒音を撒き散らされて、相当イラついてたようだ。
臆する事無く声を荒げる。

「アンタさ、夜中に何度も出入りしてうるせーんだよ、いい加減にしてくれよ」
ところが、女は振り返らずじっとしている。
流石に頭に来たのか近寄ってこっちを向かせようと思ったが、女(?)はそのまますたすたと歩いて、そのまま階段の方へと向かう。

「おい、待てよ!」
ところが、追いかけて階段のところまで来てはみたが――

「……あれ?」
女の姿はどこにも無かったそうだ。
不思議に思いながらも、とりあえず部屋に戻って、布団を頭から被る。
その夜、迷惑なドアの開閉はそれっきりだったそうだ。

相手が話し合いに応じないなら仕方が無い。
次の日、知り合いは管理会社にクレームの電話を入れた。

「もしもし。俺、○○ハイツの○○○号室に住んでる者ですけど、向かいの部屋の女が夜中になる度に、部屋を出たり入ったり煩いんですよ、どうにかしてくれませんかね?」
すると向こうは不思議そうに――

「○○○号室の向いって言うと×××号室ですか?おかしいですね、あそこは空き部屋ですよ?」
相手の言葉に知り合いは目を丸くする。
そんなはずは無い。
あれだけ毎晩のように騒音を撒き散らされているのだから、誰も住んでいない筈はない。

「いや、そんなわけ無いって……部屋とか間違ってるんじゃないのか?」
「×××号室ですよね? 間違いなく空き部屋ですよ」

何度確認しても、向かいの部屋は空き部屋らしい。そのうち、知り合いのしつこさに根負けしたのか管理会社の社員が「それなら、確認してみますか?」と持ちかけてきたそうだ。
勿論、知り合いに異論はなかった。

向かいの部屋の確認を終えた知り合いは、どうして良いのか分からなくなっていた。
確かに向かいの部屋は空き部屋だった。しかも、もう何年も入居者はないらしい。
じゃあ自分が見た女は何だったんだ? 背筋になにやら薄ら寒いものが走ったと言う。
そうして数ヶ月もしないうちに、知り合いはその部屋を出て行ってしまった。

知り合いが新しい部屋に越して一ヶ月。
色々ばたばたしていて会えなかった彼の新居でささやかな酒宴を開いた――と言っても、男二人で缶ビールをちびちびと飲みあう程度のものだ。
良い感じにアルコールも回ってきて、ふと俺は彼に問うてみた。

「そう言えばアレか? このマンションには流石に変なもんは出ないんだろうな?」
冗談交じりの質問に、しかし知り合いは顔を曇らせた。

「おい?」
「――夜中にな、するんだよ。ドアを開け閉めする音がさ。ばたーん、ばたーんって……一番奥の部屋からだ」
「お前それって――」
「この前、ドアの隙間からそっと覗いてみたらさ……長い黒髪と、コートみたいな服装が見えたよ
――後ろ姿だけどな」

知り合いはいまだ、奥の部屋が空き部屋かどうか、確認できていないそうだ。

ほんのりと怖い話43

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