昔、冬の雪山登山をしていた時の話。
その年は例年よりも風雪が酷く、その日も例によって猛吹雪だった。
仲間とはぐれないように気をつけながら途中の簡易ロッジを目指していた時、ふと斜め右上に目をやると、信じられないものが飛び込んできた。
それは、切り立った崖の上に置かれたグランドピアノと、それを髪を振り乱して乱暴に弾く女の姿だった。
一瞬足が止まった。俺は仲間にそれを知らせようとしたが、みんな歩くのに精一杯で、実際はそんな状況ではなかった。
気になってしょうがなかったが、歩き続けるより他無いので、また足を動かした。
何回か振り返ってみたが、やっぱり女はそこに居て、グランドピアノを狂ったように弾いていた。
一番おかしかったのは、そいつの周りに雪が当たっていないこと。
そこだけ風が避けるように吹いていた。
なんだあれは……?もやもやした気持ちのまま、足を進めた。
ようやく簡易ロッジに辿り着いて暖を取っているとき、俺は直前に見たことを仲間に話した。信じてもらえないと思ったが、なんと同じ光景を他の人たちも見ていたみたいだった。
俺がさらに詮索しようとすると、先輩の一人が、「もういいだろ、ああいうのも居たりするんだ」とだけ言ったので、それ以上は何も聞けなくなってしまった。
下山する時にはさっきのやつを見ることは無かったし、その後も何度か登山をしたが、変なものを見たのは後にも先にもあれ一回だけだった。
もう15年ぐらい前の話。
山にまつわる怖い話57