知り合いの話。
彼はその昔、仕事で南米に赴任していたことがある。
さしたトラブルも無く無事任期を勤め上げたのだが、何度か不思議な事件に遭遇したのだという。中でも特に不気味だった話を一つ。
彼が逗留していた村で、殺人事件があった。
犯人はすぐに捕まったらしい。
若者同士のトラブルで、現行犯逮捕に近い状況だったとか。
当時、村には自警団みたいな組織はあったが、警察は大河をかなり下った所にある大きな町にしか存在しなかったという。
警察が到着するまでどうするのかと思いきや、事態は彼の想像を大きく外れた方向に進んでしまった。
司法には届け出ずに、神様に裁いてもらうのだと聞かされたのだ。
神様はサッシーと呼ばれており、村を取り囲む山の中に潜んでいるのだという。
幸や恵みを与えるような存在ではなく、ただ罪を犯した者に罰を与えるだけという怖るべき神らしい。
日本でいう祟り神のような神性であろうか。
村に伝えられているサッシーの姿は、大きな黒い身体に一本足、そして片目が潰れているという奇怪なものだ。
村の外れに河の支流が流れており、そこの砂洲に丸太を立て罪人を縛りつけて放置する。
夜を越えて生き残った者は、罪を許されたとして翌日開放される。
しかし許されなかった時は、サッシーによって相応の罰が与えられるのだと。
獣に襲われてしまったらどうするのだと聞いたが「それが掟だ」の返答のみで取りつく島もなかった。
元より余所者の彼には、何を意見する権利もない。
その夜はよく眠れなかったという。密林を抜けて動物の声が聞こえると、それが悲鳴ではないかと耳をそばだてたりした。
果たして翌朝、若い殺人犯は死体となっていた。
小さな村はその話題で持ち切りだった。聞けば、心臓を抜かれていたという。
彼らにとっては、一番大きな罰に当たるのだそうだ。
まだ食人の習慣があった頃も、真に憎い敵は決して食べられることはなく、ただ心臓を抉られて晒し者にされていたとも聞いた。
そして死体の側には、河から上がってきて再び河に戻る足跡が残されていたと。
一本足の存在にしか付けられない足跡が。
彼は現場を見ていないし、死体を改める立場でもなかったので、事の真偽は不明のままだ。
案外、殺したのは村の重鎮たちではないかと、口には出さず考えていた。
明らかに大罪を犯した者に対する罰を、村に明らかに示したのではないかと。
彼らの神の名を借りて。
「何かヘマを打ってたら、儂も心臓抜かれてたかもな」
彼はそう言って、私の奢った酒を一気に飲み干した。
山にまつわる怖い話22