友人の話。
彼の母君は園芸を趣味としている。
しかし彼に言わせると、「ありゃ園芸が趣味というより、本当は土木工事が趣味なんだな」だと。
彼の家を訪れた時「私が造ったのよ」と嬉しそうに見せられた物を思い出した。
コンクリート塗りの、それなりに立派な池。
中身は何もないけれども、異常に大きな温室。
なぜか葡萄もぶら下がっている、だだっ広い藤棚。
・・・なるほど、確かに土木作業が好きな様子だ。
「凝ってるよ。どこからかフネ借りてきて、手練りでモルタル練ってるんだ」
件の池もそうやって一人で造り上げたらしい。
屋敷自体は人里から少し離れた山の中腹にあるので、まぁ誰にも迷惑はかけないだろうと、家族からは黙認されている。
この前久しぶりに彼の家を訪れると、池が潰されて更地になっている。
ボウフラでも大発生したのかと聞くと「幽霊が出たんだ」と事も無げに言われた。
池に水を張ってしばらく後、夕暮れ時の水面に佇む影が出るようになったらしい。
ぼうっと霞んでいるので何だろうと近よると、黒髪の無表情な女が見えたのだと。
彼も一度見たというが「とにかくゾッとした」のだそうだ。
家族会議でちょっとした問題になったらしい。
「さしたる因縁など何もない土地なのに、何故うちにあんなモノが出るのか?」
「家族の誰かが、酷く恨まれるようなことをやらかしたのではないか?」
「というか、そもそも、あれって本当に幽霊なのか?」
皆が頭を抱える中、ただ母親だけは「あの池は潰す!」ときっぱり宣言した。
さすがのお母さんも、そんな怖い池は潰すしかなかったか。
そう聞いてみると、意外な返事があった。
「違う。幽霊が美人だったのが気に入らなかったんだってさ」
透けて見えるくせに、生意気だ!
池をザシザシ埋めながら、母君はそうプリプリ怒っていたという。
現在、池の跡地には、大きな生ゴミ処理器が二つ置かれている。
白い影は、あれから二度とその姿を見せていない。
「徹底しているよな、うちのお袋」
そう言って彼はどこか遠い目をした。
山にまつわる怖い話22