白足袋

当時我が家は古い日本家屋で、茶の間と台所の間にガラス戸があり、ガラス戸の向こうに板の間があって、その向こうは一段下がって土間になっていた。
床下にはいくつもすき間があって、ネズミやイタチのような小動物が家の中に入り込むことはときどきあった。

8月初旬の夜、夫と二人、茶の間でテレビを見ていた。CSで映画をやっていた。
ガラス戸は開けはなっていて、ふたりが座っているところから板の間が見える状態だった。
ふと、気配を感じて私が板の間を見ると、そこに、猫よりも大きくて黒いかたまりがあった。
びっくりして声を挙げると、夫もそれを見てびっくりした。
すると、その黒くてなんとなくぬめぬめした感じのものは、のっそりと板の間から土間へ下り、床下のほうへ去って行った。

猫では絶対になかったし、そもそも、いくら床下にすき間があると言っても、あんな大きな生き物が出入りできるはずはない。
わたしは真っ黒だと思ったが、夫は猫で言うところの「白足袋」だった、と言った。

翌朝、わたしのことをかわいがってくれていた叔父の訃報が入った。
叔父はずっと病身で、わたしたちの結婚式にも出席できず、直接夫を紹介することができないままだったので、最後にどうしても気になってうちまで来たのかもしれない。

翌年、叔父の初盆だったわけだが、夫と晩ご飯を外で食べて来て帰宅したら、茶の間のテーブルの上に、イナゴがいた。
この家に何年も住んでいたが、家の中でイナゴを見たのはこれが最初で最後だった。
これももしかしたら叔父だったのかもしれない。

不可解な体験、謎な話~enigma~ 82

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