山口さん

以前住んでいたアパートで土曜日の夕暮れ時に居間でまったりしていると、不意にインターフォンのチャイムがなったので受話器を取る。

俺:「はい」
訪問者:「山口さんのお宅ですか?」
俺:「いえ、違います。」

その後、詫びの言葉もなくそのまま切れたので、『何だよコイツ』と思って居間へ戻ろうとしたら再びチャイム。

俺:「はい」
訪問者:「山口さんのお宅ですか?」
俺:「いや、だから、違いますって。どちらさんですか?」

最初の訪問者と明らかに同じ声だった。そこはかとなく陰鬱な女性の声。
話し方も切り方も最初の時とまったく同じだった。

表札はドアの前に出してある、フルネームで…。
しかし俺は明らかに山口さんでは無い。
それどころか名前が一文字もかすっていない。

そして間をおかずに3度目のチャイムがなったので、今度は受話器を取らずに直接玄関口へ行って覗き窓を覗いたのだが、見えるはずの相手の姿がまったく見えなかった。

不審に思ってチェーンのみ残し、鍵をはずしてドアを開けてみたのだが、見える範囲には誰もいなかった。

『ピンポン・ダッシュかよ!』とムカついてドアを閉め、背を向けた瞬間にチャイムが鳴る。そこで背筋がゾッとした。

すぐに振り向いて覗き窓から見ても誰の姿もそこには見えない。
『そんな馬鹿な』と思ってチェーンも外してドアをあけ、慌てて外の様子を直接目で確認する。

ドアの後ろ側の死角の部分も見てみたのだが、やはり誰もいない。
アパートの外は長い廊下になっていて「隠れる場所なんて無いのに」だ。

呆然と玄関口で突っ立っていると、突然「どうして開けてくれないの?」という、
地獄の底から響くような恨めしい声が背後から聞こえてきた。

その時の背後というのは俺の部屋の中の方向なのだが、怖くてまったく振り向くことなんてできなかった。

何しろ俺は自分が出られる最小限のスペースしかドアを開けず、上半身だけすり抜けるように外へ乗り出していて、下半身はまだ玄関の中にあったのだ。

その声を聞いた瞬間飛び上がって、サンダルのまま外へ飛び出し、近くのコンビニに駆け込んだ。

震える手でズボンのポケットから携帯電話を取り出し、不動産屋に電話をかける。

俺:「ヤ、ヤマモト・ハイツ101号室の今野ですけど、不審人物が…、不審人物が僕の部屋に入ってきちゃったんです。」
不動産屋:「………。あの、警察に連絡されたほうが良くないですか?」
俺:「いや、そ、その、なんていうか…。人じゃないというか…。」
不動産屋:「あっ! 少々お待ちください。今、社長と代わります。」

不動産屋で対応してくれた女性は、俺の煮え切らない言葉から何かを察したようで、すぐに社長と代わってくれた。

その後、社長と話をしたのだが、どうやら俺のアパートには以前から時々、そういう妙な訪問者が訪れることがあったらしい。

ここ最近はずっと、その被害に遭った人がいなかったので、もう大丈夫だと思っていたらしいのだが…。

ちなみに以前「山口さん」という男性が確かに、このアパートに住んでいたらしいのだが、ある時を境に家賃が滞るようになり、連絡も取れなくなったので部屋を調べてみたら、荷物もそのままに行方不明になっていたらしい。

その人が住んでいたのは俺の部屋とは違う部屋ということだったのだが、それからしばらくして、「山口さん」を訪ねてくる奇妙な訪問者が度々現れるようになったとのこと。

結局それ以降は特にその訪問者が訪れてくることはなかったのだが、いつまた来るかと思うと、夜一人で居るのが耐えられなくなり、そのアパートを早々に引き払って引っ越してしまった。

ほんのりと怖い話57

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