小学生の頃、山奥に住んでた俺は一人だけバス通学だった。
ある日、間違ってバスを途中で下りてしまい、いつも帰宅ルートを半分程歩いて帰るハメになった。
舗装道路は一本なので迷う事は無かったが、周囲には民家も無く、まず人も通らない。
しかも、道路は急な傾斜を腸の様にクネクネ曲がりながら続く上り道で、体力的にもキツかった。
俺は半泣きで歩き続けたが、坂を上り切った頃には完全に日が暮れていた。
坂道を上り切ると、あとは平坦な道を進むだけだったが、それでも長い道のり。
もう完全に泣いていたが、俺は泣き声が山に響いて怖いので、必死に堪えながら歩き始めた。
道沿いの電柱には、ポツポツと外灯が光っていたが、周りはほとんど暗闇だった。
歩き出そうとした俺は、そこで道路脇にある小さなお堂に気付いた。
道路の両脇は高いススキが生えていて、お堂はススキの奥の方に立っている。
バスに乗っていた時は気付かない位置で、見つけたのはその時が初めてだった。
月明かりでぼんやり浮かぶお堂は、子供心に恐怖を感じさせるもので、俺は疲れた足のままお堂から離れようと歩き出した。
すると、お堂から「キィ~」と扉の開く様な聞こえた。
もうお堂を見るのも怖く、離れよう離れようと思ったが、足は疲れて思う様に動かない。
多分、悲鳴みたいな声を上げていたと思う。
恐怖のズンドコにいた俺を救ったのは、頭を優しくポンポンと撫でる手だった。
顔を上げると、俺の横には丸く白い毛玉の様なものがいた。
毛玉からは、細い女性の様な腕が一本突き出ていて、それが俺の頭を撫でていた。
恐怖から一転、「?」という心境になり、毛玉を触ると物凄くフワフワしていたのを覚えている。
毛玉の一部は、覗き窓の様に細く開いていて、そこから顔が見えた。
多分女性だが、両方の目尻にホクロの様なものがあり、それが月明かりで光っていた。
怖くなかったのは、すごく優しい目をしていて、浮世離れしたレベルの美人だったからだろう。
いつの間にか涙が止まっていて、気が付くと家から5メートルくらいの場所にいた。
疑問よりも家に着いていた事が嬉しく、俺は「ありがとう」を連呼した。
状況的に考えて、毛玉の人が連れて来てくれたんだろうと察していた。
毛玉の人は、出現してから立ったまま動かず、俺の背中を軽く押して、家に帰る様に促してくれた。
だが、家が近くなって安心した俺は、馴れ馴れしく手を握ったりしてモタモタしていた。
すると、毛玉からもう一本腕が出て来て、俺の頭を撫でてくれた。
そして、「また戻って来るんだよ」という女性の声が、毛玉の中で篭った様に聞こえた。
「どうして?」と俺が尋ねると、「兵隊さんになったら、私を思い出しなさい」と言われたと思う。
多分、その時の毛玉の人は泣いていた気がする。
「お姉ちゃん誰なの」と尋ねると、「大人になったら分かるよ」と言われた。
やがて、家から婆ちゃんが出て来て、俺は家に戻った。
婆ちゃんに毛玉の人は見えておらず、俺が手を振って「さよなら」とか言うと不気味がった。
結局、誰に何を聞いても分からず、中学生になってからお堂にも行ったが、中は空っぽだった。
俺は自衛隊でもないし、傭兵になる予定も無し。
今は引っ越して別の県に住んでいるが、子供の頃の品を整理していて思い出し、書き込んでみた。
不可解な体験、謎な話~enigma~ 84