おばさんの話

俺の両親は仕事人間で、あまり家にいなかった。
その代わり母の親友の女性が住み込みのベビーシッターとして、俺達兄弟の面倒を見てくれていた。
そのおばさんが家事の合間によく童話を語って聞かせてくれたんだが、話し方とか本当に上手で、まるで役者のようだったんだ。

さて、俺が小学校の頃は怪談がブームで、怖い話を知ってる奴ほど人気者だった。
だからおばさんが友達の前で怖い話を披露してくれれば俺は・・・と思いついて、お話し会を開いてと頼み込んだが、頑固に断るんだわ。
考えてみると、頼めば日本昔話から外国民話まで聞かせてくれたおばさんが、ブームである怪談だけは一度もしてくれたことがない。

今思うと自分勝手だが、当時の俺にはそれがひどい不合理に感じられて、そりゃあ執拗に食い下がったわけさ。
あまりのしつこさに参ったのか、おばさんはしぶしぶ一つの話をしてくれた。
こんな前置きをして。

「本当に邪悪なものや禍は、 何をきっかけとして寄ってくるかわかりません。一度ねらわれたら、来る者を避ける術は無いのです。これは理不尽にも狙われてしまった人の悲劇です。」

今から2,30年前の夜のこと。
その夜田中さんは熱があり、会社からの帰り道を頼りなく歩いていた。
途中お墓の横の道を通り過ぎる時、黒い動物らしきものと目があった。
不審に思って目を凝らすと、それはパッと姿を消した。
田中さんは、熱のせいでおかしなものを見たのだろう、と思って、それきりそのことは忘れてしまった。

数日後の夜、田中さんの家に電話が来た。
「もしもしカヨコさん?そちらにお邪魔してもいいですか?」
田中さんの家に、カヨコさんはいない。
間違いですよ、と答える前に、「明日はいらっしゃい」と誰かが答えた。
ぎょっとしたが、その後すぐに電話は切れてしまい、田中さんは混線か何かだと自分を納得させ、そのまま床に就いた。

数日後の夜、田中さんがテレビを見ていると、また電話が鳴った。
「田中です」と応える声に重なるように、「もしもしカヨコさん?」と昨日の声がする。
「先日はお邪魔できずにごめんなさい。そちらにお邪魔していいですか?」
「悪戯は止さんか(゚Д゚)ゴルァ!!」と田中さんが言う前に、「明日はいらっしゃい。」と誰かが答え、すぐに電話は切れた。

意味不明な電話に不気味さは感じたものの、まだそれほど気に病むことはなかった。
翌日の帰宅途中、墓地沿いの道に差し掛かると、不思議なことに墓地の中が妙に気になる。
自分でもなぜか理解できないまま、田中さんは当てもなくグルグルと墓地を散策した。

電話は再び掛かってきた。
またも訪問できなかった事を詫びる誰かに、カヨコさんは「明日はいらっしゃい」と答える。
田中さんは叩きつけるように受話器を置く。

その頃から、田中さんは電話のベルに異常な恐怖心を覚え始めた。
だが田中さんが家の電話線を引っこ抜くと、電話は職場にかかってくるようになった。
営業先で「田中様、お電話です」と不審そうに取り次がれることも、果ては公衆電話が鳴りだすこともあった。
どこへ逃げようとも、そいつは田中さんを追いかけて、執拗に電話を鳴らし続ける。

一方で、夜の墓地散策は日課のようになっていった。
電話の回数に比例するように、墓地へ行かなくてはという思いが強まっていく。
彼は毎夜宛てもなく墓地を彷徨い歩き、長い時間供養塔の前に佇むこともあった。

ある週末のこと、挙動不審の田中さんを心配して、普段から親交のあった隣家の旦那さんが彼を自宅に招いた。
田中さんがこれまでの出来事を隣家の夫婦に話すと、旦那さんは、「不思議なことがあり、それが不気味だと感じたら、後は鈍感でいることが一番いいんだよ。」と変な自論を持ちだし、気分転換にうまいものでも食いに行こうと誘ってくれた。

では出かけようかという時、電話が鳴った。
旦那さんが応答したが、様子がおかしい。
奥さんと田中さんが、受話器から洩れる声を聞き取ろうと、旦那さんの横に頭を並べた瞬間、彼らのすぐ後ろから発せられた、低いはっきりとした言葉。

「今日は、連れて、いらっしゃい」
「カヨコさんがここにいるんだ!!」
逃げるように表へ駆けだす田中さん。慌てて追いかける夫妻。
暴れる田中さんと、彼を落ち着かせようとする夫婦目がけて、突進してくる車。

旦那さんは即死、奥さんは重傷で顔半分に大火傷。
田中さんも全身を強く打って数日後に死亡した。
身寄りのない彼は、無縁仏として供養塔に合祀されたらしい。
結局田中さんと、彼の体験を共有した夫婦には禍が寄って来て、何一つ理解できない歳の坊やだけが無事だった。

「人外の悪心とは、ひたすら関係を避けることだけが逃げ道です。 私はあなたが生まれてからは、お宮参りの時も、七五三の時も、あなたがこれから先、おかしなものに気づきませんように、 気づかれませんように、とお願いしたものです。 なのに自分から関わろうなんて、とんでもないことですよ。」

文は拙いが、実際のおばさんの話しぶりは迫力たっぷりで、俺はしばらくの間怖い話を避けまくることになった。
だから追及もできなかった。
おばさん自身、事故で旦那さんを亡くし、自分も顔に傷を負った事実との関連を。
しかもおばさんは大分前に亡くなり、その一人息子はある意味天涯孤独の身、死ねば無縁仏の可能性もないとは言えないわけなんだ・・・。

まあ、全てはただの偶然なのかもしれないけど(´・ω・`)ネ。

ほんのりと怖い話61

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