少し前にあった話。怖いというか、奇妙な話なんだが。少し長いから別けて書く。
おれは視力が左右で結構違う。小さい頃に事故でぶつけてそうなったんだけど、それが原因で斜視になるときがある。
意識して「両目で」見ているとそうはならない。
でも、ふと気を抜くとよりよく見える左目だけで見ようとする。
視力のバランスが取れていない人間にとっては、両目でものを見るのは意外と疲れることだったりする。
視力の悪いほうをいいほうに無理矢理合わせるわけだから、眼筋が疲れる。
この逆は割と楽なんだけど、そっちに慣れるとせっかくいいほうの視力も悪くなるのでしないようにしている。
例えば、パッとなにかに注目するときは高確率で片目で見ている。
それと、新聞や雑誌の小さい文字を読もうと集中したときにも片目になる。
片目と言っても片方目をつむるのではなくて、よく見えるほうの目に無意識に意識を合わせる、という感じ。
意識を合わせていないほうの目にも当然景色は映っているし、ダブって見ていることになるのだが、まったく意識していないので気にならないし記憶にも残らない。
そういうときに「見ていないほう」の目はどうなっているかというと、外側を向く。
あさってのほうを向いている。
鏡や写メで確認したが、これは自分で見てもなかなか気持ちの悪い表情だ。
だから、他人と一緒にいるときや外出しているときはめちゃくちゃ気をつけてそうはならないようにしている。
他人を不愉快にさせたくはないし、奇異の目で見られるのも嫌だからね。
そして、ここからが本題なんだが、それは鏡を見ているときに起きた。
鼻毛が出ていないかチェックしたり、眉毛を整えたりした経験は誰でもあると思うが、ああいうのって意外と集中するんだよな。
毛って小さくて細いし、見えづらいところに生えていたりするとかなり集中してしまう。で、おれの場合は斜視になる。
普通は、そういうときは「よく見えるほう」に意識を集中するから、もう一方の視界はまったく気にしないんだ。
それに、斜視の側が外側を向くとはいっても顔の方向的には同じ方向を向いているんだし、ほとんど同じ物を両目とも見ているんだよな。
だから、斜視側が見えていなくても視力のいいほうできちんと見えている、という安心感があるから、普段は気にならない。
でもそのときは違うものが見えた。
鏡の中の、斜視側のおれが、もう一方のおれとは違っていた。
目にゴミでも入ったかと目をつむったり軽くこすったりしてみたあと、もう一度見てみる。
で、よく見てみると、やっぱり違うんだよ。なんか、動いてる。
というか、違う動きをしてる。
斜視側はもう一方より視力が悪いんだから、少しぼやけて見えることが普段からある。でも、多少ぼやけていようが暗く見えたりしようが、見ているものが違う動きをするなんてことはありえない。
鏡見てて鏡のおれが左の眉毛をクイッと上げたら右目左目どっちで見ようが左の眉毛をクイッと上げて見えるはずなんだよ、絶対に。
でも、なんというか、少し遅れて見える。
それで、普段は意味が無いからやらないんだが(よく見えないからね)、斜視のほうに意識を合わせて見てみた。視力の悪いほうだから、当然ぼや~っとして見える。
それで、そのまましばらく顔の表情をいろいろ動かしていたら、視線がずれた。
鏡のおれと、現実のおれが、違う方向を見た。ような気がした。
それでよく見てみようとして、始めのほうで言ったように思わずパッと視力のいいほうに視界が切り替わった。
そうすると、今は外側を向いているはずの斜視側の目がこっちを見て、目が合った。
そしたらそいつが(というか自分のはずなんだけど、もはや自分の顔だとは思えなかった)バレちゃった、みたいな顔して一瞬だけほんの微かに笑ったような表情になった。
自分で見たものが信じられなくて、ギューっと目をつむってバチバチバチっと2,3度強めに瞬きをして、今度は両目で見てみた。
そしたらもう、何度眺めても見慣れた自分の顔だった。
あれ以来、鏡や電源を切ったあとのTV、ガラス窓など映るものの前で絶対に斜視にならないように気をつけている。
これだけ読むと、なんだそれだけか、と思うかもしれないけど、誰よりもよく知ってるはずの自分の顔が自分のものではなくなった、という感覚はなんとも嫌なものだったよ。
ほんのりと怖い話76