謎の男

道楽でお茶をやっていて、知り合いの窯に自分好みの茶碗を作陶してもらってる。
窯があるのは関東某県の山中で、先週たまたま有休が取れたのをいいことに、依頼がてらお土産をもって泊りがけで遊びに行った。

山中、といっても麓は普通に住宅街だし、別に人里はなれた鬱蒼とした山とかではない。
茶碗の話を色々していたらあっという間に日も暮れて、窯の火が落ちるまで、作業小屋みたいなところでお茶飲みながら陶工さんと話してた。

そしたら、19時ごろに作業小屋のドアを誰か叩くから、見てみたら男の人が1人立ってる。
格好は軽装というか、山登りって感じではなく、動きやすい格好で旅行してる人みたいな感じだった。
鞄とかは一切持ってなくて、なぜかコンビニの袋だけ手に提げてた。
歳は30くらいかな。

「どうかしましたか?」って聞くと、「道に迷ったんですが○○はどっちでしょうか」と言われた。
まあ確かに山を越えれば行けなくはないが、ハードめなトレッキングで山を越えるとかでもない限り、どう考えたって車か電車で行った方が近い場所だ。
その通り答えたら、「あー。じゃあ街に戻った方がいいんですね」と言って、疲れたんで休んでいいか、とか言うので一応小屋に入れた。

まあ関係ない人もいるので焼き物の話じゃなくて適当に世間話とかして、その人も適当に相槌打ってたんだが、いきなり「おにぎり食べませんか」とか言い出して、コンビニ袋からコンビにおにぎりを7~8個も出してきた。

この時点で陶工さんと俺にはもはやこの人が何なのかさっぱり分からない。
こっちは山降りて陶工さんの家でご飯頂く予定なので、別におにぎり食べたくもない。
2人とも結構ですって答えたら、彼も食べる風でもなくそのまま。
もしかしたら作陶を頼みに来たか、焼き物に興味があるけど、常連ぽいやつがいて邪魔だったのかなと思って、「焼き物にご興味があるんですか?」と聞いてみても無反応。
無視とか「いいえ」とかでもなく、全く聞こえてないような無反応ぶり。

どうも変な感じだよなあ、と思ってると陶工さんが
「表の雨戸閉めておかないとね。俺さん、すみませんが手を貸してください」
と言ったので、2人で外へ。
「なんか変ですよねえ?」「物取りって感じでもないけど、おにぎりもなんだか変だし」と相談。
かといっていきなり置いて帰るわけにも行かないし、変な感じがするから警察呼ぼう、というわけにもいかないし。一応頃合を見計らって帰るように促そうということに。

小屋に戻ってまた少し世間話をしていると、再び彼が口を開き、「今夜泊めてもらえませんかね」と言い出す。
陶工さんが「家は街の方だから、じゃあ一緒に降りましょう」と答えたら、「へっ」ってなんか冷笑するような顔になって、「麓なんですか」とポツリ。
そして「長々とすいません」と言うとさっさと小屋を出て行った。
残された2人はポカーンだった。

陶工さんが見るに地元の人ではなさそうだし、何でわざわざ日が暮れて山に来て道を尋ねて、泊まろうとしたのかよく分からない。
物取りだとしても小屋には窯だけなので作品はないし、そもそも陶工さんも道楽でやってるだけでプロの人とか名のある人ではない。
すごい穿った見方をすれば、陶工さんを殺しに来たが余計な奴が1人いて失敗したとか?

精神的におかしいとか、知能的にどうとか、そういう感じでもない気はする。
やり取りは普通だったし、物の受け答えもはっきりしてた。
強いて言うと、その人の所々の言動がなんだか変で、その人が来た途端すごく違和感のようなモヤモヤした感じがしてた。
ただの変な人だろ、と言われればそこまでだがなんだか気になる。

ほんのりと怖い話89

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする