父がまだ小学生の頃。
その頃から父は釣り好きで、休みになると朝からバケツと釣竿を抱え山を一つこえた村のほうまで行ったりしたそうです。
今なら車で20分足らずですが、当時は道も悪く、徒歩で4時間強位でしょうか。
父のポイントはその村からさらに進み、山の峠にあるトンネルを越え、そこから崖下に下るといった場所にありました。
その日はいつもに増して良く釣れ、父は大ハシャギで釣りに熱中し、気が付くと日も暮れて、綺麗な月夜になっていました。
魚はまだまだ釣れるようでしたが、
「遅くなってしまった!おこられる!」
と思い、その場を後にしました。
夜の山道は存外明るく、これといった苦もなく、トンネルの入り口にさしかかったそうです。
トンネルはそんなに長くなく、出口からは明かりが漏れています。
出口に近づくにつれて、出口付近のトンネル上部の様子がだんだん分かってきました。
見境なしの蔦や何か分からない蔓の影が見えてきます。
「あれ?」
その一部に父は異様な影を発見しました。
トンネル上部から、蔦や蔓ではない、何か大きな影がぶら下がって揺れているのです。
何だろうと思い、釣竿とバケツを持って出口に駆け寄るとそれは・・・
トンネル上部から逆さにぶら下がっている浴衣の様な薄い着物姿の女の人でした。
髪は垂れ下がりそれは恐ろしい形相で、そしてまた、何事かをブツブツ呟いています。
父はバケツを放り投げ、一目算に走りました。
怖くて逃げたのではなく、こう思いながら走ったそうです。
「大変だ!おばちゃんが宙づりだ!助けな!助けな!」
こうして、その村まで走り、村の駐在さんにパニック気味でその旨を伝えました。
駐在さんは半信半疑ながら、何か大変な事故かもと、村人数人でそのトンネルへ駆けつけたのです。
そこには・・・
何もなかったそうです。
父がばらまいたはずの魚すら・・・
ただ、釣竿と空のバケツが転がるだけでした。
その話を終えた時、父は
「えらいメにあった」
と少し怒っていました。
夜中になんてイタズラをするんだと、こっぴどく絞られたそうです。
怒られたうえに魚もなく、きっとやるせなかったでしょう。
そのトンネル、いまでもいわくつきのスポットとして地元では話がたえません。
海にまつわる怖い話・不思議な話1