ベランダの気配

3年前から一人暮らしを始めたんだけど、その時住んでたのは最上階角部屋っていう結構良い部屋。
部屋には南向きのベランダに出られるでっかい窓が付いてて、このベランダも結構広くて洗濯機や物干し台を置いてた。

で、片側に隣室との衝立?というか、隔板が設置されてるんだ。災害時に破って隣室に避難できるやつ。
この隔板が結構雑な造りで、やたら隙間が広いうえに高さも足りないもんだから隣室のベランダの様子なんか丸見えだし、多分細身の人間なら隙間から侵入できるレベル。

まあ建物自体古いし家賃も安かったから気にならない範囲ではあった。
男の一人暮らしだし。

でも俺、オカルト大好き&想像力が豊かすぎるくせにビビり(でも0感)という少々情けない性格をしており、そういう隙間なんか見ちゃうと「この隙間から誰かが覗いてたらどうしよう」とかアホな妄想をしてよく勝手に怖くなってた。

実際のところそんな事は起こったことがなく、時々隣人と洗濯のタイミングが被って目が合って気まずくなった経験くらいしかないが。

で、その日は、残業終わりに飲みの付き合いで帰ってきたら日付が変わってた。
クタクタですぐにでも寝たかったけど、そういう日に限って洗濯物がどっさり溜まってて翌日の着替えがない。

しょうがなく洗濯してから寝ることにした。
(時間的にも非常識だったけど、両隣もよく深夜に回してたから心の中で謝罪しつつ実行)
脱水完了した洗濯物をベランダでうとうとしながら干してたけど、ふと「今あの隙間から人と目があったら怖いよなー」と嫌な事を考えてしまった。

一瞬隔板から血まみれの女がこちらに顔を出してる図を想像してビビったけど、そんな時間にベランダに誰もいるはずはなく、隙間からは何も見えない。
自分の想像力に引きつつさっさと寝よう、と再開した時、何か変な音が聞こえてきた。
カリ、カリ、ってなにか硬いものを引っ掻いてるような音。

風でハンガーがどっかにぶつかってるのか?と思ったけどそんな様子はない。
よくよく聞いてみると、音は隔板の方から聞こえているようだった。
ちょうど、ケイカル板に人間が爪を立てるとあんな音が出るんじゃないだろうか。
そう気付いた瞬間、まだ肌寒い時期なのに、一瞬で背中にぶわっと汗が滲んだのが分かった。

いつも変な事ばっか考えてるから怖いんだ。大方、隣人がベランダで一服でもしているんじゃないか?
だが、隙間から隣室の部屋明かりは見えず、先程から聞こえる不気味な音の他には何も聞こえない。

俺も30手前にしてついに心霊現象に遭遇してしまったか、とどこか他人事な感想を思い浮かべつつ、俺は内心物凄く焦っていた。
というのも、部屋とベランダを繋ぐ窓の半分は内側に家具が置かれているので、部屋へ戻るには隔板のすぐ横を通らなければいけないのだ。

これは超絶ビビリの俺には中々厳しい試練だった。
今あの隙間に近付いたら、絶対何か見えてしまう気がする。
先程の血まみれの女のイメージが脳裏に蘇ってきて、俺は自らの想像力を呪った。

5分だったか、10分だったか。
その場でもだもだしているうち、ふとそのひっかき音が止んだのに気がついた。
しんと静まり返るベランダ。いつもどおりの光景だった。
やっぱり何か考え過ぎだったかもしれない。幽霊や隣人じゃなくても動物とかその辺りの仕業だった可能性もある。

暫くして落ち着いた俺は、部屋へ戻ろうとよろよろと窓に近づく。
その時だった。

バン!!!

耳をつんざくような衝撃音に襲われ、一瞬心臓が跳ね上がった。

誰かが、物凄い力で目の前の板を殴りつけた音だ。
固まったまま目の前の板を見つめる。
隙間からは何も見えない。
だが何か視界に感じる違和感に、俺はハッとベランダ柵の向こうに目を向けた。

黒くて丸い何かがゆっくりと隔板から出てきているように見えた。
じりじり、じりじりとその黒い塊は徐々に姿を現す。
しばらくすると、その黒い塊は毛で覆われた何かだと気がついた。

人間の頭だ。

そいつは、ベランダの柵から身を乗り出して、こちらを覗き込もうとしているんだ。

気がついた瞬間、俺は物凄い速さで部屋へ駆け込み、窓を閉め、鍵をかけ、カーテンをビッタリと閉めた。
そのまま2駅ほど先の友人宅に逃げ込み、朝まで震えて過ごした。
家には1週間帰らなかった。(異常な様子の俺を見て友人が荷物を取りに行って戸締まりなんか色々してくれた。)

あんなに恐ろしい体験でも、時間が経てば幻覚か思い違いだったような気がする。
図太いのか、本能が忘れようとしているのか。
でもあれは多分、俺だけが見た幻じゃなかった。

あの日から数日して、隣人の大学生から管理会社に相談があったと連絡が来たんだ。
なんでも、『毎晩ベランダに人の気配がする。隣人が忍び込んでいるのではないかと思ったが、怖くて確認できない。』との事だ。

まあ、よくよく考えたら覗き込まれた俺の方より、実際そいつに居座られた隣人の方が洒落にならないかもしれない。
その部屋は引き払い、今はベランダじゃなくサンルームのあるアパートに住んでいる。

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?350

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