壁の丸い穴

俺が小学5年生の頃、通っていた小学校が取り壊されることが決まった。

とは言っても廃校になる訳じゃない。
現校舎を取り壊したら、3つある校庭のうち1つを潰して、新校舎を建設する予定とのことだった。
建設予定は数年後とのことだった。

俺らが卒業してしばらく経ったら取り壊しかぁと、小学生ながらに寂しく思った。同時に新校舎に自分たちは通えないことを残念に思った。

6年生の梅雨頃だったか。
現校舎の壁にところどころ、丸い穴が開けられた。
取り壊しの事前調査で、鉄筋の位置でも調べていたのかなと思う。

穴の直径は小学生の自分の拳ぐらいだったと記憶している。
穴はかなり綺麗にくり貫かれていて、穴の縁を指でなぞると指が切れてしまうんじゃないかと思うほどだった。

穴の内側はコンクリートの削り粉で白く汚れていたが、指で粉を払うと灰色の骨材の断面が良く見えた。

穴を覗くとコンクリートの厚みの向こうに、横向きに張られたささくれた板が見えた。
穴の深さは手のひらを差し込める程度だったから、20cmぐらいだったと思う。

校舎に何ヵ所か穴が開けられたようだったが、ほとんどが子供の手の届かないところにあった。
なのに穴の詳細をよく覚えているのは、子供の目と手の届く位置に、ひとつだけ穴があったからだ。

その穴は北校舎、1~2階間の階段踊り場にあった。

何でも遊びにしてしまう小学生のことだ。
俺たちが面白がって手を突っ込むもんだから、板のささくれで怪我をする連中も出てきた。

しばらくすると全体朝礼で先生から『触るな』とお叱りを受け、その後穴は養生テープで塞がれてしまった。

しばらくすると俺たちの熱もすっかり冷め、魅惑の穴は単なる壁の養生テープと成り下がった。

そんな6年生の夏休み明けのことだ。
夏休みの宿題をろくにやっていなかった俺は、居残りして漢字帳を書かされていた。

悪友たちも何人か同じように居残りしていたが、一人また一人とぽつぽつ帰り出して、結局自分一人だけが教室に取り残された。

始業式の日だったので通常授業は無く、一部の部活動以外の生徒は帰ってしまっていた。
職員室を除けば人気が無く、心細い。
わらわらしている。

夕方5時を過ぎ、下校の音楽が鳴り出した。
(今調べたらクラシックの『家路』という曲だ)

『今日はここまでで勘弁してもらうよう、先生にお願いしよう。』

2階の教室から1階の職員室に向かうため、階段に差し掛かった時だった。

踊り場の穴から腕が突き出ていた。

白い、か細い腕が、夕暮れに差し掛かった黄色い光を浴びて、だらりと垂れ下がっていた。

めちゃくちゃ驚いた。
肘も二の腕も見える。
肩から先が突き出ていることになる。

限界の限界まで混乱しきって、

『…………』

『…………』

『マネキンか!糞ったれが!』と思った瞬間、
わき、わき、と指が空中を掻くのが見えた。

俺は「ワァーーーー」と絶叫して階段の反対側に駆け、廊下のどん詰まりにある外階段から家に逃げ帰った。

家に帰って両親に報告したが、イタズラだろうと言われて信じてもらえなかった。

翌朝担任には無断で帰宅したことをめちゃくちゃ怒られた。
そして漢字帳が完成していないことも怒られた。
腕の件を報告すると、やはりイタズラか見間違いだと言われてしまった。

俺は子供ながらに納得できなくて、涙まじりで腕の話を強く主張した。
「じゃあ一緒に確かめに行ってみるか?」と、少し優しくなった担任が言った。
俺は恐怖心と理不尽を解消したい狭間で揺れながら、担任と一緒に踊り場に向かった。

「ほら、どうにもなってないぞ」
と、例の養生テープを担任がつつく。
俺は距離を取りながら、
「中はどうなってますか?」と尋ねた。

担任がパリパリと養生テープを剥がすと、「ん」と言って穴から何かを取り出した。

担任は悲しそうな呆れたようなトーンで、
「お前な……あんまりこういう悪ふざけは良くないぞ」と言った。

担任が取り出したのは見慣れた青い罫線の紙、丸められた漢字帳のページだった。
俺のだ。

担任は哀れむような蔑むような複雑な顔をして、養生テープを貼り直し、俺を教室に帰した。

そう言えば白い腕、教室に一人でいた時から見かけていたっけな。

前の机の引き出しとか。
自分の机の引き出しからもわらわらと。

その後何事もなく旧校舎は取り壊され、今はかつての校庭に新校舎が建っている。

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