知り合いの話。
彼はムシャクシャした気分になると、独りで山にこもる癖があった。
その日も彼は一人野営をしていた。
仕事の上で同僚と衝突して、彼は短気を起こして口論になったのだ。
いつものように独り言を呟き始める。
一種の儀式みたいなもので、こうすると冷静に自省できるのだという。
色々と同僚への文句を並べ立てていたが、自分の方にも悪いところがあったのは彼にも分かっていた。
不満をぶちまけた後で「いや違う、そこは俺が悪かった」と思い直した時。
真向かいの林の中から、はっきりとした声が聞こえた。
いや、違う。そこは俺が悪かったのだ。
彼自身の声とまったく同じ声色だった。
その瞬間、悟ったのだという。
彼はそれまで独り言をくり返していたつもりだったのだが、実は彼と同じことを考えている何かと、延々と会話を続けていたのだ。
なぜ、その時まで気がつかなかったのかは分からないが、気がついた途端冷水を浴びせられたような気がしたそうだ。
それきり彼は黙り込み、林の中の声もそれ以上何も言ってこなかったらしい。
以来、彼は短気を起こさなくなった。
頭に血が上っても、あの時の声を思い出すと、自然と冷静になるのだそうだ。
山にまつわる怖い話4