犬の声

彼は学生の頃、映画作りに嵌まっていたという。
サークル仲間と一緒に、短篇ホラー映画を製作していた時のこと。

訪れる者とていない、ある山奥の廃村を舞台にしたそうだ。
撮影に入って二日目の夜、ある鳴き声が皆の目を覚まさせた。

 ワン!ワン!ワン!ワン!・・・

犬の声だ。
遠くから聞こえてくるが、何故か耳によく通る。
一頭だけのようだが、どことなく奇妙な調子の声だった。
鳴き声はだんだんと近づいてきており、さては野犬かと、皆緊張したという。

やがて声の主は野営地に侵入し、テントの廻りをぐるぐると回り始めた。
その時になってようやく、鳴き声のどこが奇妙なのかがわかった。
ワンワン鳴いているのは犬ではなかったのだ。

 ・・・ワン!ワン!クソ!ワンワン!クソッタレ!ワン!・・・

犬の泣き声を真似している何かは、時々悪態を混ぜながら一晩中テントの周りをうろつき、明け方にやっと去って行った。
辺りの湿った地面には、何の痕跡も残されてはいなかった。

結局、廃村の映像は使われず、その作品も未完成のまま日の目を見なかった。

山にまつわる怖い話13

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