山の主の洞

同僚の話。

戦前、彼の実家は裏山でお酒を造っていたらしい。
天然の洞を利用して醗酵させていたそうだ。
村では他にも何軒かが酒造りをしていたが、彼の家の酒は格別に美味かったという。

家の言い伝えによると、その昔、山の主がその洞で子供を産んだということだった。
どういう事情があったのかは不明だが、家の者が主に洞を提供したのだと。
無事に出産を終えた主は山に帰る前、家族にこう言い残した。

 酒造りをしているのか。ならばここで酒を造ればよろしい。

主がいた洞は、温度の変化がなくなったみたいに、いつもひんやりしていたという。
空気も心なしか澄んでいるようだった。

二十年くらい前に崖崩れがあり、その洞は今はもうない。
「本っ当に残念だよ」酒好きの彼はそう言っている。

山にまつわる怖い話14

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