バツさま

知り合いの話。

林道を車で流している時のこと。
いきなり何かに激突し、車が横転した。
何だ、何にぶつかった? ぶつかる物なんてなかったぞ!?

幸いにも怪我はない。必死でドアを押し開け、外に這い出る。
車の前面は、鹿や猪でも跳ねた時のようにベッコリと潰れていた。
しかし解せないことに、林道にはひっくり返った彼の車以外何も見えない。
途方に暮れていると、呼吸音のような音が耳に入った。

 ふごー ふごー

音の位置を特定しようとしている彼の前で、地面の落ち葉がぐっと凹んだ。
まるで、転がっていた重たい何かが、身を起こしたかのように。
動けない彼をまったく無視して、凹みは林の奥へ、ふごふごと去って行った。

何とか里まで降りて、助けを求める。
車を回収しに行く途中「さてはお前、バツさまを跳ねたな」と言われた。
バツというのは旱魃の魃のことらしく、所謂旱神(ひでりがみ)のことらしい。

 「こりゃ、今年は雨風がおかしいぞ」
 「前回は確か不作になっちまったっけか」

聞くとかなり前、落とし穴にバツさまが嵌まってしまったことがあったという。
バツを止めたせいか、その年は暴風雨が非常に多く、結果不作だったのだと。
それから秋の収穫が終わるまで、彼は何となく肩身が狭かったという。
幸い大きな天候不順もなく、不作でない出来だったので、ホッとしたのだそうだ。

それ以来彼は、林道では決してスピードを出さないよう心掛けている。

山にまつわる怖い話21

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