友人の話。
彼女の家は、行き来するのに街灯も疎らな小さな林の中を通らなければならない。
バス停からは歩きになるので、毎回心細くなるのだという。
小雨降るその晩も、彼女は傘を持って早足で林を抜けていた。
その時、何処からともなくかすれた鳴き声が聞こえてくる。
あーお あーおぉ
盛りのついた猫の声みたいだ。
「やだなぁ、気持ち悪いなぁ」そう思いながら足を進めようとすると。
突然、何か足にまとわりつくような違和感が生じた。
まるで膝まである絨毯に足を踏み入れでもしたかのよう。
慌てて手で探ったが、何も邪魔になるような物などそこにはない。
しかし、まるで絡め取られたかのように足は動かない。
混乱しているうちも、周りの声はゆっくり近づいてくる。
声がはっきりと聞こえだした時、彼女は気がついてしまった。
その鳴き声は猫ではなかった。赤ん坊の泣き声だった。
そこで彼女の心は限界に達してしまったらしい。
気がつくと、喉も張り裂けんばかりの絶叫を上げていた。
大声を上げたせいか、足元の障害物は消え失せていた。
砕けそうな下半身に必死で喝を入れ、転げるような勢いで家まで走って帰った。
半濡れで駆け込んできた娘の姿に、家人は驚いたそうだ。
次の日、親と一緒に傘を拾いに行ったが、昨夜の痕跡は何も残っていなかった。
彼女は今でもその家から通っているが、その道を通る時には御守りをしっかりと握り締めているのだという。
山にまつわる怖い話22