友人の話。
実家近くの山に、とある用事で一人入っていた時のこと。
そこは実家の持山だったが、入る前に「礼儀正しくしろ」と注意を受けた。
何のことかわからず、あまり気にしなかったという。
山に入って二日目、異臭が彼の目を覚ました。
テントから顔を突き出すと、目と鼻の先に排泄物が放置されていた。
大きさからして間違いなく人間のそれだ。
ご丁寧にトイレットペーパーまでひらひらと残されている。
何処のどいつだ! 向かっ腹を立てたがそれで目の前の物体が消える訳でもない。
仕方なく、その場で穴を掘って処分した。
三日目、やはり悪臭に起こされた。
恐る恐る外を見ると、二つに増えた排泄物体が鎮座していた。
一体何が起こっている? 困惑しているうち、あることに気がついた。
物体の一つは土塗れになっている。まるで土の中に埋まっていたかのように。
その時突然、頭に馬鹿げた考えが浮かんだ。
「これってもしかして、俺自身が排泄した物!?」
急に何もかもが嫌になり、さっさと埋めてその場から逃げ出した。
しかし、翌日も物体は追ってきた。
怖れていた通り、その数は三つに増え、内二つは土塗れになっている。
堪らず、その時点で山を下りたという。
「そりゃババウソに付け回されたんだ」
家に辿り着いて話したところ、祖父にそうぼやかれた。
聞けばその山を縄張りとしている川獺がいて、勝手にババをした者を許さずに追い回すのだとか。それもご当人のババを使って。
「だからババウソ」と実家では呼ぶのだそうだ。
付いて来なくなった所が、縄張りの境界なのだという。
「雉撃つ前に、山に一言断らないからだ。無作法な奴じゃの」
祖父さんはそう言って、それ以上は相手にしてくれなかった。
山にまつわる怖い話22