知り合いの話。
彼の祖父は焼き場守をしていた。
別に志願した訳でなく、単に焼き場が実家の持ち山にあったからなのだと。
祖父が言うには、そこで人以外の物を焼いたことが、一度だけあるのだという。
ある時、中年の夫婦が「焼いてほしい」と、その前年に死んだ一人娘の振り袖を持ち込んだ。遠くに引っ越すのだがある事情で持っては行けない、かと言って捨てるというのも気が引ける。この村で焼いて供養したい、そう夫婦は言った。
綺麗な袖を燃してしまうのはちょっと抵抗があったが、断わる理由もないので引き受けたという。
異変が起こったのは、衣全体に火が回ってからだった。
赤い炎の間から、何本もの蒼白い手が伸び上がって宙を掻き毟りだしたのだ。
祖父は目を剥き慌てたが、夫婦はえらく落ち着いていた。
何か悟ったような、いや諦めたような目をしていたので、とても問い質すことは出来なかった。
伸び出た手は、あっという間に燃え尽きて灰となり、崩れて消えた。
夫婦は灰を少しばかり壺に詰め、礼を言って村を去ったという。
焼き場で実際に魂消たっていうのは、後にも先にもあれだけだったよ。
そうお祖父さんは話してくれたそうだ。
山にまつわる怖い話26