ある日、海外勤務していた友人から至急の電話があった。
日曜の明け方、シンガポールからだったか。
寝ぼけ眼で受話器を取ると、
「社宅のトランクルームに私物を預けてあるんだが、それを取って来てもらえないだろうか」
挨拶もそこそこに、友人は切り出した。
「管理人に話は通してあるから、悪いが今日中に取りに行ってくれないか」
切羽詰った様子は受話器の向こうからも感じ取れた。
「黒い蓋つきのビニールケースなんだ。それがすぐ必要なんだ」
友人のたっての頼み、こちらにも断る理由がなく、勢いで受けてしまった。
荷物の引き取りはスムーズにいったのだが、肝心なことを忘れていた。
友人の電話番号を控えていなかったのだ。
確か年賀状があったはずだと家捜ししたが、途中でひどく面倒臭くなってしまった。
今日中に連絡あるだろうと思い、そのまま部屋で待機した。
夜更かしして朝早く起こされ、そのまま電車で郊外の団地まで行き、昼過ぎにはすっかり疲れていた。
そして、うたた寝してしまった。
夢うつつに、赤ん坊の泣き声が聞こえていた。
ふっと目を開けると、視線の先にビニールケースが。
そう言えば中身は何か聞いていない。
もし国際郵便で送ることになれば、内容を知っていなけりゃなあ、そんなことをぼんやり考えていた。
このまま送って構わないのか?などと自分に言い聞かせながら、ケースを厳重に梱包してあるテープを剥がした。
中からは色々なベビー服が出てきた。
そして一番奥から、バスタオルに包まれた、赤ん坊のマネキン人形が。
まさか、さっき聞こえていたのは・・・・・
マネキン人形は柔らかい樹脂か何かでできた、かなり精巧なものだった。
こんなもの売っているのか?と思いつつ、人形の体に触れていると、背中に何か感触があった。
タオル地の服をめくると、一通の手紙が出てきた。
友人には悪いと思ったが、ここまで来て止めるわけにはいかなかった。
「この人形を、あなたの赤ちゃんだと思って可愛がってください。あなたの愛情が人形に伝われば、あなたは再び身ごもるはずです。その時が来たら、この人形をすみやかに、同じ境遇の女性に渡してください。手元に置いてはいけません。もし手放さなければ、あなたは一生この人形を愛しつづけることになります」
手紙にはそう記されていた。
友人は結婚していた。
子供はいなかった。
いろいろ思いを巡らしていると、電話が鳴った。
友人からだった。
「間違いがあったら困るんだ。Fedexで会社宛に郵送してくれ」
こちらも人形のことは黙っていたし、友人も口にしなかった。
数日して、友人から、荷物が無事に届いたという知らせがあった。
その後、音信不通になったが、時々考えることがある。
あの人形の行方について。
ほんのりと怖い話9