友人の話。
親戚の叔父さんと二人で、山の下草刈りをしていた時のこと。
何処からともなく「おーい」と呼びかけられた。
思わず「はーい」と返事を返すや否や、彼はいきなり打っ倒れた。
腹の中がストンと空っぽになったような、異様な寒気に襲われたのだ。
猛烈にひもじい。力が入らない。体温がぐんぐん下がるのが自分でもわかる。
そのまま、意識がプツリと途切れた。
気が付くと、叔父さんが心配そうに見下ろしている。飢餓感は消えていた。
ホッとして半身を起こすと、口元に何かがへばり付いていた。
御飯粒だ。叔父さんが彼の口に弁当の残りを入れてくれたのだという。
「ダルさんの呼ぶ声に答えたな。連れてかれるところだったぞ、お前」
ダルというのは、この峠に出る餓鬼の名前だという。
山で飢え死にした者の無念が鬼となり、生きている者を呼ぶのだと。
うっかり死者の呼びかけに答えてしまうと、飢えて行き倒れることになる。
そこの地元では餓鬼憑き、もしくはダル憑きと呼んでいたそうだ。
「亡者の声か生者の声かなんて、区別付かないよなぁ普通」
そう言って彼はぼやいていた。
山にまつわる怖い話29