金魚と壷

ずっと昔のことです。私が中学生のときのできごとだと思います。
当時我が家の庭には小さな池があり、そこで金魚を一匹飼っていました。
背中のあたりに「イ」と「ヨ」の字に見えるような黒い模様があったので、イヨという名前をつけていました。

ある日、祖母が庭で悲鳴を上げたため、私と祖父が様子を見にいきました。
祖母はずぶぬれの妹を抱きしめており、妹の足元にはひとつの壷がありました。
祖母の説明によると、妹が壷を持って池の中で遊んでいたのだそうです。

そこまでならただの幼児の奇行です。
とくに妹は不思議ちゃんでしたので、このときも
「壷の鯉が寂しがっているから友達のところに連れていってやったら、イヨが壷に入ってしまった」
という趣旨の、とんちんかんな主張をしていました。

普段なら信じずに適当にあしらったでしょうが、妹に壷を見せられて目を疑いました。
それは祖父が誰かから貰ってきた壷で、側面に鯉の絵が描かれているものでした。
しかし妹の見せた壷には鯉だけでなく金魚の絵もあったのです。
壷の金魚にはたしかにイヨと同じ模様があり、池のどこにもイヨの姿はありません。

我が家にはそれ以外の壷はなく、近所に瀬戸物屋もなかったので、妹が別の壷を持っていたという可能性はないはずです。
祖父が妹から壷を受け取り、池に沈めました。
するとそこからイヨが泳ぎ出た――といったことはなく、壷は普通に水に沈んだままでした。

祖父からは、壷はそのまま池に置いておくよう言われましたが、
「妹の夢を壊さないためにああいっただけで、あとで壷を別のものとすりかえるのだ」
と思った私は、祖父にその考えを打ち明けました。
祖父がどう答えたのかはもう覚えていませんが、妹の不思議発言を肯定する内容だったように思います。

そして夜に池に行くと、元通りに鯉一匹だけが描かれた壷のそばでイヨが眠っていました。
そのまま壷は池に入れっぱなしになりました。どうもお気に入りの隠れ家になったようです。
今では祖父とイヨは死に、壷はイヨの墓に埋められています。
祖母は痴呆がはじまって介護施設の世話になっています。
先日会いに行った際、祖母にそのときのことを話され、思い出した次第です。

不可解な体験、謎な話~enigma~ 60

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする