取り囲んだむ影

知り合いの話。

冬山に入っている時、ひどい吹雪のため動けなくなってしまった。
テントの中で寒さに震えているうち、ボソボソという話し声が聞こえてきた。
ついに幻聴まで聞こえ出したかと思ったらしい。
段々はっきりと聞こえるようになる。

と、いきなり入口が開かれて黒い影が何体も忍び込んできた。
驚いている彼を取り囲んだ影は、ぼんやりとした人型に見えた。
彼を見下ろして何やらブツブツと密談しているかのよう。

そのうち、影の一体が彼の傍に身を屈め、ぐっと耳を掴んだ。
慌てて振り払おうとしたが、硬直した身体はピクリとも動けなかった。
耳を掴まれているのはわかるが、顔も動かせないので状況が見えない。
直後、耳元でゾリゾリという音が聞こえ、骨が嫌な振動を伝えてくる。
痛みはまったくないが、硬く冷たい物が、耳と顔の間に滑り込んでくる。

 ・・・俺の耳を、ナイフか何かで切り落としている!?

あまりのことに頭の中が真っ白になったという。
気がつくと、身体の他の場所でもゴリゴリと重く響く振動が感じられた。
手そして足の指が削られているような、そんな感触があった。
やがて影は一体一体ゆっくりとテントから外へ出ていく。

最後の一体が雪の中へ消える寸前、何とか目を動かしてそいつを見た。

輪郭がぼんやりしているのは相変わらずだが、指先あたりに白い物がぶら下がっている。恐らくは、彼の耳と指。

それを見て理性が切れた。
「うわわわわっっぅぅ!」と悲鳴を上げて飛び起きる。
叫んだせいか、金縛りは解けていた。

慌てて身体を確認したが、どこも欠けている箇所はない。
耳も指も、しっかり満足なままだ。
はっとテントの入口を見る。ファスナーは確りと閉めてあり、何かが入ってきたような痕跡もなかった。

嫌な夢を見た。そう思い、残り少ない非常食を口にしてから寝た。
味などまったくわからなかった。

二日後、食料が切れることもなく無事に彼は下山した。
しかし代償としてか、片耳と手足の指を一本ずつ、凍傷で失ったのだという。
・・・本当に嫌な夢だったよ。そう彼はぼやいていた。

山にまつわる怖い話24

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