高所から転落する人間がどうなるか—ごぞんじだろうか。
もちろん、最悪の場合は死んでしまう。
では、それ以外の場合は?
たとえばビルの四階から、飛び降りたとしよう。
個人差はあるだろうが、足から落ちたとすると、骨盤骨折と両足の裂傷はさけられないはずだ。
足底は、パックリと割れてしまうだろう。
傷口からは、脂肪が小さな黄色い卵のつぶつぶみたいに、のぞくわけである。
それも最初のうちだけで、すぐに出血で真っ赤になり、つぶれた果実とそう変わらなくなる。
……とび職をしていた葉山さんは、ビル建築現場から転落して、九死に一生を得た。
よく人間は事故などに遭った時、死ぬまでの短いあいだにフラッシュを焚くようにして、それまでの人生を振り返るという。
葉山さんの場合には、地面に激突するまでの時間が異常に長く感じられるという形で、それはあらわれた。
なにしろ、落ちている最中に、「まだ落ちないのか」と、上下左右を見回す余裕があったというから、驚きである。
たった数秒の間に、葉山さんは自分を見て驚いてわめいている同僚の様子や、たまたま自分が転落するのを目撃した通行人たちの様子をはっきりと覚えていた。
あとで確認したところ、彼の証言と目撃者の証言とはピタリと一致していたそうなのだ。
ところが、その証言のなかで、一つだけ一致しないものがあった。
彼の事故現場の向かい側には、もう一つ建築中のビルがあって、こちらはほぼ完成していた。
内装こそまだだったが、すでにビルとしての体裁はととのっていて、作業員の数もずいぶん少なくなっていた。
そのビルの三階の一室に、窓にそって人間が鈴なりに並んでいたというのである。
そして、落下していく葉山さんをそれぞれが指さして、とてもおもしろそうにげらげらと笑っていたというのである。
白い歯を、むきだしにして、げらげらと—。
もちろん、笑い声まで葉山さんにとどくわけはない。
それぞれの顔もこまかく見て取ったわけでもない。
というよりは、仮に近くで会ってもすぐに忘れてしまいそうな、没個性的な顔ばかりであったという。
それらのことを葉山さんははっきりと覚えているし、ビルのどの部屋であったかも指摘できる。
だが、テナントが入れるような状態からはまだ遠いそのビルは、事実を先に言えば、そんな大勢の人が一室にいるわけはなかった。
いるとしたら作業員だが、葉山さんの話ではぜったいに作業員の服装ではなかったということだ。
また、作業中の彼等が一室に集合していたということも考えにくい。
まして、窓際に鈴なりになって、死ぬかもしれない人間を笑いながら見物するなど—。
では、葉山さんが目撃したものは何だったのか。
まぼろしや見間違いでないとすると、それは………?
「………そういうものが、いるかいないかなんて、考えたこともなかったけどね」
命拾いをしたかわりに、最初に説明したような負傷をした葉山さんは、最後にポツリとつぶやいた。
「あれが、死神ってものかもしれないなあ」
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