知り合いの話。
彼の祖父は棚田で米を作っていたのだが、山中で妙な物を見たらしい。
田植えの終った日、畦に座って一休みしていた時。
背側の藪から、ピィピィと何やら小動物が鳴くような声が聞こえた。
はて、狸でも怪我をしているのかな。
そう思って藪をかき分けると、まったく奇妙な物が目に入った。
短い毛が全身に生えた、一見何かの堆積物のような物。
思わず毛の生えた海月を連想したのだそうだ。
何だこりゃ、生き物か?
手近な枝を拾って、持ち上げてみる。
濡れた雑巾を持ち上げるかのような感触がしたという。
ひっくり返すと、顔が出た。赤い日本猿の顔だった。
その時、急に理解した。
理由はわからないが、この猿は骨がなくなっている。
なぜ生き長らえているのか不思議だった。
全身がぐんにゃりとした猿は、またピィピィと哀れっぽく鳴いた。
骨がないので、身動きすることが出来ないようだ。
殺すのも忍びないので、そこに置き去りにしたという。
家に帰ってから父に知らせると、こう注意を受けた。
“骨抜き”にやられたな。しばらくはお前も気をつけろよ。
言われるまでもなく、彼は藪には絶対に近寄らないことにした。
猿のかすれた鳴き声は、それから数日間聞こえていたという。
山にまつわる怖い話10