同僚の話。
仕事で仲間数人と山にこもっていた時があるそうだ。
日中しか執りかかれない仕事だったので、日没後は焚き火の周りで酒を飲んでいた。
そんなある夜のこと。
仲間が演歌を歌っているのを聞いていた彼は、ふとおかしなことに気がついた。
いつの間にか頭上に、明るい月が二つ出ている。
慌てて先輩に知らせたが、「狸だろ」あっさりと答えられた。
他の同僚たちも皆、平然としている。
自分だけが狼狽しているのが少し悔しく、彼は黙って月を見ていた。
と、その時。一つの月が、いきなり落下して消えた。
彼は遠近感が狂ったような感覚を受け、頭を二、三度振ってみた。
「ありゃあ、足を踏み外したな」
「あまり見てやるなよ。狸だって自尊心があるだろうし」
先輩たちは、やはり泰然自若としていたという。
それから仕事が引けるまで、二度とそんな現象は起こらなかったそうだ。
山にまつわる怖い話10