山葵が苦手

知り合いの話。

彼の伯父は持山の沢に、小さな作業小屋を持っている。
山の中で遅くなった時に宿泊するため、伯父が手ずから建てたのだそうだ。

先日里帰りした時分、彼は伯父と一緒に山に入った。
親戚の分の茸を採る手伝いをしたという。
その折に件の小屋を見たのだが、気になったことがあった。
小屋の周りは水浸しで、渡り板で出入りするようになっていた。
その水の中に鮮やかな緑が伸び上がり、小屋の周りを三重に取り囲んでいたのだ。
見たところ、わざわざ手をかけて水を引き、その植物を植えているらしい。

これは何?と問うと、山葵だという応えがあった。
現物の山葵を見るのが初めての彼が感心して見ていると、伯父はこう続けた。

「―はこれを越えては来んからな。山葵が苦手なんだろう」

今何と言ったの?聞き取れずに尋ねると、伯父はハッとしたような顔になる。
いや、何でもないさ。只の園芸代わりというか、手慰みだ。忘れてくれ。
伯父はもうそれしか口にせず、何を聞かれてもはぐらかした。

あの山、何か変わったモノがいるのかな。
土産の茸と山菜を分けてくれながら、彼はこの話をしてくれた。

山にまつわる怖い話12

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