同僚の話。
子供にカブトムシを獲ってやろうと、馴染みの山に入ったという。
昨今、田舎でもカブトやクワガタは数が少なくなっている。
手っ取り早く捕まえるため、太い椚の木肌を傷付けておいた。
傷口からこぼれた樹液が、目当ての獲物を呼びよせる訳だ。
三本ほど引っかき、明日の朝が楽しみだと思いつつ、最初の椚まで戻ってくる。
ツンと鉄の匂いがした。
何の匂いだろうと幹を見やると、彼が付けた傷から黒っぽい汁がこぼれている。
すっと指で拭ってみた。鮮やかな朱がヌルリと指先から滴る。生温かい。
樹液などではない。まるで血液のように思えた。
踵を返して逃げ出した。
翌朝、子供にせがまれて、仕方なく件の場所に連れて行く。
付けたはずの傷は跡形も見えず、液体が吹きこぼれた様子もなかった。
近場の木でカブトムシを何とか捕まえ、親の面目を保ったそうだ。
山にまつわる怖い話23