友人の話。
冬が深くなると、風が木立や電線を揺らすようになる。
時折、強い風が吹くと、ピュウゥという甲高く物悲しい音が響く。
この音のことを、虎落笛(もがりぶえ)と呼ぶらしい。
友人は、かつて冬山で遭難死しかけたことがある。
身動き取れないテントの中で、この虎落笛の音だけが延々と聞こえていた。
幸いにも無事に救助されたのだが、それ以来、どこにいてもこの虎落笛が聞こえるようになったのだという。
ピュウゥと音が聞こえると、決まって何か悪いことが起こるのだそうだ。
「悪いことが予想できるのだから便利じゃないか」と言うと、彼曰く、
「悪いことと言っても、一体何が起こるのか分からないから、手の打ちようがない」
精々、注意深くするくらいが関の山だと言うのだ。
今でも彼は、自分にしか聞こえない虎落笛を聞き「大したことじゃなければいいが」と顔をしかめているのだろうか。
山にまつわる怖い話9