知り合いの話。
夏の終わりに、山中の無人駅で野宿した時のこと。
ベンチで眠りにつこうとする彼の耳に、硬い小さな音が聞こえた。
コーンッ カツッ
何かが繰り返し、固い床の上に落ちているような音。
一度意識すると無性に気になってしまい、音源を捜して暗い構内を歩き出す。
ホームの外れに、駅舎とは違う小さな建物が見えた。
どうやら音はそこから聞こえているらしい。
懐中電灯を構えて覗き込むと、そこは薄汚れたトイレだった。
黄ばんだ小便器の前、何かがモルタルの床で弾んでいる。
コーンッ カツッ カッ カ カカカ…
ピンポン球ほどのきれいに磨かれた鋼球が、膝くらいの高さから落下していた。
鋼球は床で跳ねながら、段々と弾まなくなる。
弾まなくなると、何かに持ち上げられるように、ゆっくりと空中に上昇する。
そしてまた落下するということを繰り返していた。
気がつくと、吐く息が白い。
季節はまだ夏だというのに、トイレ内はかなりの低温状態になっていたようだ。
しばらく球を見つめていたが、他に何かできることがあるわけでなく、彼はトイレを後にした。
夜半過ぎまで音は聞こえていたという。
山にまつわる怖い話12